『独ソ戦』を読んで、目からウロコの納得感を得た

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『独ソ戦』(大木毅著 岩波新書)を読了いたしました。

独ソ戦の知識がリライトされる感じを味わう

第二次世界大戦で最大の犠牲を出したこの戦争のことを、NHKスペシャルの『映像の世紀』を見て、ある程度知っているつもりになっていました。スターリングラードの戦いについても、ネットで記事を漁っていたので、それなりに分かっていると思い込んでいました。

しかし、この『独ソ戦』を読むと、目からウロコの事実がたくさん書かれていました。

いままであやふやな認識だった、「ソ連軍」とは、どんな組織だったのか、スターリングラードの大敗後ドイツはどのように戦線を維持していたのか、などが分かり、ちゃんと研究された本を読むことの大切さをあらためて感じたわけです。

管理人が「そうだったのか!」と納得した部分を、抜粋して紹介したいと思います。

緒戦のドイツ軍快進撃は、ソ連側の焦土作戦ではなかった

1941年6月22日に、ドイツ軍がソビエトに一斉攻撃をしかけます。独ソ戦の開始、バルバロッサ作戦が始まったわけです。ドイツ機動部隊による大攻勢で、ソ連は敗退し、モスクワの直前まで攻め込まれます

管理人は、このソ連の大敗退は、ドイツ軍の補給線を引き延ばすための焦土作戦だと思っていました。自分の領土まで引き込んでから、一気に殲滅するための戦略的な退却だと考えていたのですが、実際は違っていました。

スターリンは、ナチスドイツがソ連に攻め込んでくることを、正しく想定できていなかったようです。むしろ、現実逃避をしていた感があります。

その理由として、スターリンが、ソビエト軍の首脳陣を大粛清していて、現実のソビエト軍は機能しなくなっていたから、ということでした。

戦略的退却ではなく、本当に敗退していたということだったんですね。

ソビエト軍の勝利は、冬将軍がもたらしたのではなく、「作戦術」が機能していた

バルバロッサ作戦での、ソビエト軍の大反撃が成功したのは、ドイツ軍が冬装備を十分に準備をしていなかったから。また、スターリングラードの戦いでも、冬の到来によって、ドイツ軍の補給ができなくなったのがソビエト軍勝利の要因だと思っていました。

しかし、実際のところは、ドイツ軍の戦略よりも、ソビエト軍の「作戦術」のほうが勝っていたことによって、ソビエト軍が勝利したということです。

作戦術とは、戦略と戦術の間にある「作戦」をどのように組み合わせるかに重点をおいた手法です。長距離におよぶ戦線において、作戦を機能的に発動させることによって、敵を追い込んで壊滅させることを目的としています。

「ソビエト=冬に強い」という先入観が強くて、つい誤解していました。

そういえば、フィンランドとの「冬戦争」でも、戦闘では結構、負けているんですよね。

独ソ戦のなかで、戦争をする意味が変化していっていた

ドイツ軍がソ連に攻め込んだ理由として、共産主義の打倒という「世界観戦争」と、ロシア南西部への植民領土拡大のための「通常戦争」という意義を持っていました。

ところが、戦争が長引き、ドイツ軍をヒトラーが把握するようになってくると、「世界観戦争」の面ばかり強調されてしまい、結局、和平等で終了できない殲滅戦争になっていったのです。

ヒトラーは退却を求める軍に、「死守」を命令します。その後1年ほどは戦線を維持しづけたのですが、結局は軍団として機能しなくなり、各個撃破されていきました。

また、ソ連も緒戦で大敗した後は、これは軍隊と軍隊が戦う戦争ではなく、祖国の存亡をかけた「大祖国戦争」であるというプロパガンダを強調します。

国民の祖国愛に訴えて、大動員をかけることに成功しました。プロパガンダの力は大きいんですね。

独ソ戦は開始したときから殲滅戦争であって、国家どうしの総力戦だと思っていましたが、どちらかというと戦争の経過によって、戦争の意味を後付けしていった感がありました。

後は、日本やイタリアが独ソ戦の和平の仲介をしようとしていたというのも意外でした。ムッソリーニがヒトラーに対して、ソ連と戦争するようにそそのかしていたと思っていたので。

『映像の世紀』では、戦争の悲惨さという面がビジュアルで強調されていたので、やはりそこに注目する見方しかできていなかったのだと思います。

独ソ戦、読んでよかったです。

ソビエトの戦車は無骨でなかなかカッコいいですよね。実用主義って感じで存在感があります。プラモデル、作ってみたいですね。

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