「犬に仏性はあるか?」をググって答えが見つかるか?

リラックス

こんにちは。なまけてブログにようこそ。

犬に仏性はあるか?」は、仏教の宗派である、臨済宗における公案です。公案というのは、著名な僧侶の語録から抜粋された問題集のようなものです。詳しくは、Wikipediaなどで調べてみてくださいね。

さて、インターネットは人類の知識の集積場所であるとすれば、自分で考えなくとも正しい回答が得られるかもしれませんよね。そういうことで検索してみることにしました。

ちなみに、公案「狗子仏性」の現代語訳は以下になります。

一人の僧が趙州和尚に問う。
「狗子に還って仏性有りや無しや」(大意:犬にも仏性があるでしょうか?)。
趙州和尚は「無」と答えた。

さっそくググってみる

回答その1

この「無」は、「有無」の無ではない。人間が主観を持って判断する二元的基準など、後付けにすぎないのだから、人間中心の視点で世界を捉えることはできない。

回答その2

仏性とは個性ではない。自我以前の、生まれたままの純粋な人間性である。これを一言で「無」と言い切ったのである。

回答その3

仏性は量子観測と同じように、観測されたときに初めて存在する。自分自身に仏性が有ると本当に自覚(観測)するまでは、仏性は無いのである。

回答その4

仏性とは心である。また、公案を工夫するのは常に自己究明のためである。すなわち、「自分には心があるか?」を問うているのである。その本質はもっと深いところにある。

回答その5

主体と客体というものは、現実において区別はない。禅では、二元的対立を矛盾そのままと現実として取り込んでしまう。内包する矛盾は、適当なところで折り合いをつけていくのである。

回答その6

「無」は言葉では表せない、体験である。このことが、仏性の絶対性を明瞭に表している。

回答その7

ここでいう「無」は、全てのものは仏であり、区別することはできないことを表している。人間は言葉を持っている。この「すべてはひとつ」の上に観念や言葉を構成するべきである。

どうでしょうか?名回答はあるものの、結局はほかの人の意見を羅列した結果になりました。量子コンピュータが使えれば、インターネットや古文献の情報をすべて含めて、AIを使って解析してみたら面白いでしょう。誰もが納得できる回答が、あるいは見つかるかもしれませんよね。


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