「食べること」を味わい尽くす

メンタル

今あなたは何を食べていますか?ひとりで食事をとることが多いですか?家族や仲間とわいわい食べるのが好きでしょうか?

食べ物に関していろいろと話すことは楽しいことです。この前食べたあの味について、人に延々と説明をするのは、聴いているほうは迷惑かもしれませんが、話す方は話題に事欠きません。グルメ全盛のこの時代には、何を食べたかのほうが語られることが多いのですね。

食べ物があなたの口に入るまで

すこし考えてみれば、簡単に食べ物が手に入る、この時代はすごいということです。コンビニやスーパーで手に取ったパンやジュースの背景には、生産者から物流のインフラが整然と動いているという事実があります。何がどれくらい売られるのはか、マーケティングがリサーチし、仲買が流通量を調整する機能をもっています。

安っぽいTVCMみたいですが、モノがあなたに届くまでにはバックストーリーがあって、それなりのコストがかかっているということを認識してもらいたいのです。そこで初めて「食べること」自体に目が向くとおもいます。

食べ物にかけるお金のかけ方が生活をつくる

若い人や、貧困にあえいでいる人は、ジャンクフードなどで普通に満足します。それなりに美味しいし満腹します。

ミドル層から富裕層にかけては、食べ物にこだわります。エネルギーが得られればいいという考えにはならないのです。ミドル層は主に味です。おいしいものを食べることで幸福感が得られます。

富裕層はちょっと違っていて、良い品質のものにお金をかけます。例えば、発がん性物質が多く入った原材料でつくられたものは避けるでしょう。食べ物が、のちのちの自分の血肉になり、生活を作る基となるいう意味では、人生のトータルコストを抑え、良い状態をキープするための、より良い投資と考えることもできるわけです。

「味わって食べる」は味とは別の次元の話

しかし「味わって食べる」という意味での食事は、必ずしもコスト意識すること、美味しいものを食べることではないのです。

禅においては、食べることがすなわち修行の一つでもあります。信心のある人たちから喜捨をいただき、それを食べて修行に邁進することを自らに誓います。美味い、不味いの次元ではないのです。

美味しいものを食べると確かに幸福感が得られます。しかし、毎日おなじ美味しいものを食べればどうなるか?飽きてしまい、別の美味しい味を求めることになるでしょう。

延々と、美味しい味を求めることは、飢餓に似ています。飢餓地獄に陥らないためには、美味しいものはたまに食べるに留めておく。普段食べるものにこそ、食べる意味を求めることに他ならないでしょう。

食べる行為そのものを味わう

そして、「味わって食べる」には、食べることに没頭するということも含まれます。
口に入れ、咀嚼し、飲み込む。胃が膨らむ。という食べる行為そのもの意識を向けることは、マインドフルネスに似ています

最大限に食べることを味わい尽くすことこそ、人生の醍醐味です。TVやスマホを見ながら食べるのはもったいない。ひとりで食事をするときは、マインドフルネスを意識して食べる行為そのものを味わってみてください。

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