『闇中問答』と『巖喚主人』

メンタル

芥川龍之介!芥川龍之介、お前の根をしっかりとおろせ。お前は風に吹かれている葦だ。空模様はいつ何時変わるかもしれない。唯しっかり踏んばっていろ。それは自身の為だ。同時に又お前の子供たちの為だ。うぬ惚れるな。同時に卑屈にもなるな。これからお前はやり直すのだ。

芥川龍之介の『闇中問答』は、こんな言葉で締めくくられています。

『闇中問答』から溢れる孤独

この作品は、「或声」(悪魔もしくは天使と自称している)と、「僕」の問答の形を借りて、芥川自身の思想・美学・文学に対する考えをさらけ出しています。自分にはどのように見えていて、どのように見られたいのか。また、どのようになるべきかを諄々と語っていて、行間から孤独感が溢れるような文章になっています。

もちろん作品なので、すべてフィクションかもしれません。しかし、この作品が遺稿であることから、不眠や神経衰弱で弱った精神状態にあって、死を意識したような内容は、芥川の本音が書かれているように思えるのです。

「芥川龍之介!芥川龍之介!」と自分に呼び掛けているのは、恐ろしい問いです。読者に向かってむき身の刃物を突き付けて、「お前はどうだ!」と迫っているのですから。

おい、主人公!

この作品は、禅宗の公案のひとつである『巖喚主人』に似せて書かれていると思います。

その公案は、ざっとこんな感じの内容です。

瑞巖の彦和尚は、毎日自分に向かって「おい主人公」と喚びかけ、自分で「はい、はい」と応えられるのであった。「しっかりしなされや」。「はい」。「どんな時も他人に騙されてはなりませんぞ」。「はい、はい」。と自問自答されるのが常であった。

『無門関』第十二則 ©岩波文庫

管理人は、残念ながらこの公案の答えを導き出せません。しかし、問いかけるということは、内面をさらけ出すという作業であることから、認知行動療法のエクスポージャー法に似ているのかもしれません。

エクスポージャー法とは、クライアントが恐怖や不安になる状況にあえて晒すことで、不安を取り除いていく治療法です。もちろん、段階的に行うセラピーなので、いきなり不安のどん底に突き落とすようなことはしません。

無明の闇

内面を見つめ続けることは、経験豊かな指導者のもとで行わないと危険な作業です。誤った自我に踏み込んでしまうと、それこそ無明(仏教用語で、悟りの智恵のない状態)から抜け出せなくなるかもしれません。芥川の『闇中問答』の闇とは、この無明を指しているのでは?と思います。

仏陀ですら無明から抜け出すのに何年も修行をしたのです。凡人たる我々は、せめて形から入るべきではないか、と思います。偽りても賢を学ばんを、賢というべし、ですね。

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