桃太郎侍は悪人を殺しまくって平気なの?

リラックス

『桃太郎侍』を知っている人は少なくなったと思いますが、高橋英樹主演のTV時代劇シリーズとして非常に人気がありました。

時代劇には殺陣が必須ですので、やはりドラマの最後には桃太郎侍が悪人と戦うシーンが入ります。ただ、桃太郎侍がなぜ人をバサバサと殺しても平気なのか、という点が気になったので少し考察してみました。

桃太郎侍にも、幕府権力者のバックがあった

Wikipediaの情報から要約すると、桃太郎侍は時の権力者、松平備前守の双子の弟で11代将軍・徳川家斉の子供ということになっています。双子を忌む習慣から、生まれてすぐに外子に出されて、浪人として長屋に暮らしている設定です。

普段はそういう出自の秘密を隠して、普通に暮らしているのですが、庶民が権力者の悪意でひどい目にあったり、殺されたりすると怒りを発揮して、般若の面をかぶってその権力者たちを殺しに行きます。正義のために立ち上がるというのがドラマのクライマックスになります。

やはり、桃太郎侍にも幕府権力者のバックがあったのですね。なんの後ろ盾のない、ただの浪人が、正義という妄想によって人斬りをしまっくている設定かと思ったのですが、いちおう、お墨付きがあったということで、すこしがっかりしました。

人命は軽いものだった

桃太郎侍に限らずですが、勧善懲悪ものでは、悪人は殺されて当然という価値観で見るべきものだと思います。現在の価値観からすると、対象が悪人であろうがなかろうが「人殺し」は刑罰の対象になりますよね。

今からたった200年ほど前の江戸時代には、人命は軽いものだったのです。

江戸は、人が集中する大都市ですから、行政も司法もかなり整備されています。士の身分であっても、理由もなく町人を殺したら処罰されますし、ランクはあるものの、町人たちには権利もありました。

江戸時代に人が死ぬのは、同業者同士の騒動、流行り病、餓死、災害、火事といったところでしょう。殺人というのは、そいういった理由からくらべれば少ないです。

それでも、時代を考察していくと人命の軽さということでは、現在と比べものにならないのではないでしょう。日本が人命の尊さという教育を受け入れるのは、戦後です。それまでは、戊辰戦争や日露戦争、太平洋戦争でわかるように、時の権力構造が簡単に人命を利用できる下地があったのです。

時代劇を支持する層の消滅

戦前に生まれた人、またその子供くらいまでの世代には、ある程度人命を軽んじる価値観が残っていたのでしょう。勧善懲悪ものの時代劇が支持されたのは、ベビーブーマーくらいまでで、その後は支持層を失っています。

戦後の教育を受けた人たちが、悪人であっても、人が殺されるのに違和感を感じるのは、そいういった教育が備わっていたからですね。この価値観の変化には注目していいと思います。

グローバルがあたりまえの時代になったとき、宗教的な価値観で教育を受けた外国人を理解しようと思えば、その国の歴史を学ぶべきだし、デジタルネイティブたちが、どのような死生観を持っていくのかは、ネットを学ばないと分かりません。

あなたが知らない間に、ネットでリバイバルブームが起こって、「悪人死ぬべし」みたいな価値観がうまれつつあるかもしれないですしね。

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