セロニアス・モンクの孤独、ニカの夢

ジャズ

ジャズを少しかじっている方なら、「ニカ」とは誰のことか、わかると思います。

ジャズのパトロネス、パノニカ男爵夫人

パノニカ・ド・コーニグスワーター。愛称はニカ

1913年に英国の名門ロスチャイルド家の娘に生まれます。父親が、昆虫採集に夢中になっていて、「パノニカ」という名前も蝶の名前をそのままつけたということです。

フランス貴族と結婚して男爵夫人になり、その後5人の子供の母親になりますが、離婚。

娘とニューヨークにやって来て、ホテルの高級スイートで暮らし始めます。

もともと芸術に造形が深く、とりわけジャズを愛したため、大勢のジャズミュージシャンのパトロネスになりました。

チャーリー・パーカーやセロニアス・モンクがと深い親交を結んでいました。彼らが、ニカの家で息を引き取ったのは有名です。

『セロニアス・モンクのいた風景』(村上春樹 編・訳 新潮社)に収録されている、モンクとニカの交流について書かれた「モンクと男爵夫人はそれぞれの家を見つける」から、両者の関係について書きたいと思います。

モンクとニカの交流

ニカはジャズミュージシャンに対し、演奏家という枠を超えて、時代を象徴するアーテイストであるという態度をとります。また、音楽を心底理解しており、その深い教養と、暖かい人柄をもってミュージシャン達に接しました。

そんな彼女を、ジャズミュージシャンも好かないわけがありません。彼女の住むホテルのスイートは、何人ものジャズミュージシャンが居つき、いつもジャムセッションが行われていました。ホテルは、そんな彼女にお引き取りを願い、3度ホテルを変えることになります。

結局、彼女の兄を通して、豪華な家を見つけます。そこがモンクにとっても「終の棲家」になりました。

モンクは、麻薬を摂取していたこともあり、精神的には不安定な時代もありました。妻のネリーが病気になった際には、ニカの住むホテルの中をさまよい歩き、ネリーを探し回ったこともありました。

もともと、モンクはミュージシャン達には評価されていましたが、表立って活躍できていませんでした。精神が不安定な時代には、キャバレーで演奏できる認可を取り上げられてしまい、生活ができなくなってしまいます。

演奏できなくなったジャズミュージシャンは悲惨です。結局、ニカや友人たちのとりなしによってなんとか認可を取り戻すのですが、それまで6年間、モダンジャズの一線から離れることになってしまいます。

それでもニカはモンクを見捨てるようなことはなく、親身になって世話をしています。

モンクの才能が時代を飛びぬけていたこと。そしてニカのような理解者が幸運にも近くにいたことが、結局はモンクを救ったといえるでしょう。

キャットハウス

ニカの新居には、モンクのために作った部屋もありました。モンクはそこで作曲に励みます。

また、ニカは猫が好きで、家の中には何匹もの猫たちがうろついていました。もちろん、そのころもジャズミュージシャンがたむろして、ジャムセッションは毎日のように行われていたのですから、なかなかカオスな世界ですね。

ニカの家が「キャットハウス」と言われたのも、うなづけます。このことばは、隠語で「売春宿」の意味があり、あやしげなミュージシャンや前衛芸術家たちが多く出入りしていたことからのダブルミーニングでしょう。

このような芸術のパトロンは、現在ではなかなか見当たりません。多くのジャズが録音で残っていて、今現在も聴けるのも、ニカのようなパトロンなしには成し得なかったことでしょう。

ジャズファンは、ニカに感謝して、今日も「ニカの夢」を味わいましょう。

(”Nica’s Dream” はホレス・シルヴァーがニカに捧げた曲ですが、名曲です)

良い音で音楽を聴きたい方は、こちらの音楽ダウンロードサイトで探してみてください。きっと感動できる音源に出会えると思います。


いつも読んでいただいてありがとうございます。クリックしていただけると励みになります。いつも、皆さまがリラックスできまように。

コメント

タイトルとURLをコピーしました