身に染み付いた行動原理はなかなか外せない

リラックス

管理人の小学校、中学校のときの友達に、時々、すごく道徳的なことを言う友人がいました。学校を卒業していらい会っていないので、その後どのような性格になっているか分かりませんが、子供のころ、その友達の言動から影響をうけたことは確かです。

いま考えれば大したことはないのですが、たとえば電車に乗ったときは「大人のサラリーマンのほうが働いて疲れているのだから、義務教育の自分たちは立って席を譲るべきだ」ということを言ったのです。管理人はそれを聞いたとき、立派な考え方だし、理にかなっているなと思ったので今でも覚えているほどです。

そのような、子供のころに自分で自分に刷り込んだ行動原理はなかなか抜けないのだろうな、といまさらながらに考えてみたわけです。というのも、人がグレーゾーンにいるときに、どのような活動をするかで、その人の道徳観が分かる部分があるのではないかと気が付いたからです。

グレーゾーンでどのような行動原理をとるかは自分次第

グレーゾーンでは、道徳的、紳士的な行動をとらなくても罰則はありません。むしろ、そのような利己的な動きをとる方が自分が得をするから善であるといえるかもしれません。

自分がカッコつけたいから、潔癖な行動をとりたいから、嘘をつきたくないからという理由をつけて、グレーゾーンで上手く立ち回ることを放棄してしまうのは、頭を働かせていないことと一緒です。気分的には一貫性があっていいでしょうけども、実際は損をしているわけですから、頭の悪い行動を敢えて選んでいることになるのでしょう。

それでも反論する人もいるかもしれません。グレーゾーンでは「黒」の行動をとってしまうことは、信頼できない人間だということを露呈するのではないかと。

しかし、実際のところ、そのような状況できれいごとを言っている人は信頼を得る得ないの前に、滅びます。退場であり、再びチャンスを与えられることすらなくなる可能性もあります。グレーゾーンではグレーゾーンにふさわしい行動をした人が正解であり、信頼を得るのです。

なんとか行動原理をあらためられないか

管理人は、グレーゾーンでは白を選ぶ、頭の悪い人間だと思っています。子供の頃に抱いた潔癖な行動原理はなかなか捨てることはできないのでしょう。普通は、大人になる過程でいろいろな状況に直面することで学ぶことではあるのですが、頭の固い人間ほどそれを見なかったことにして、自分のつまらない我意を通そうとするのです。

それでも、遅まきながら気が付いたことならば少しでも適応していこうと思います。いまさらながらガラリと変えることはできないので、ストレスにならない程度に「習慣の力」などの技を使いながら身に着けていくしかないのでしょうね。

行動原理というセンスを磨く作業

ビジネスのセンスとスキルの話があります。いま足りていないのは明らかにセンスです。センスがある人は、ある問題に直面したときにすべて完璧に正面から解消することはしないでしょう。解決に必要なければ避けて、他の方法を獲ればいいのです。状況やコスト次第では、その問題の一部分だけ解決して他は放置するという状況判断になるかもしれません。スキルでは立ち向かえない、センスの支配する領域なのだと思います。

行動原理をスキルでとらえずに、センスで見ていくこと。これが自分を変えることなのかなと思っています。コストを意識することで、センスは磨かれていくはずですから。

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