アグニの神は、トイレの神様?

リラックス

お前も死に時が近づいたな。おれの声がお前には人間の声に聞こえるのか。おれの声は低くとも、天上に燃える炎の声だ。それがお前には分からないのか。わからなければ、勝手にするが好い。おれは唯お前に尋ねるのだ。すぐにこの女の子を送り返すか、それともおれの言いつけに背くかーー

芥川龍之介の『アグニの神』からの引用です。『アグニの神』を読んだことがない方もいるかもしれませんが、子供向けの内容ですのでわかりやすい割には、なかなかスリリングな展開になっています。短編小説のお手本のような名作です。

それにしても、このセリフはカッコいい。中二病的なものも感じますが、神様でなければ、なかなか言えるセリフではありません。

炎の神という属性

アグニの神というのは、古代インド神話に出てくる火の神です。別名をウッチュシュマといいます。『青の祓魔師』というマンガに出てきてますので、こちらのほうが有名なのかもしれません。

その後、仏教に取り入れられ、「明王」の一柱となります。明王位としての名前は、「烏枢沙摩(うすさま)明王」といいます。火を司る神という属性はそのまま引き継がれており、その炎によって、すべての煩悩を焼き払うという「浄化」のシンボルになっているのです。

そのおかげで、烏枢沙摩明王はトイレの神様であります。真言宗のお寺にいくと、トイレに烏枢沙摩明王の像や、お札が祀ってあることがあるのは、トイレという不浄な場所を浄化するためなのです。

明王としての存在感

明王というのは、孔雀明王を除いて、ほぼ例外なく憤怒の形相をしています。

これは、人間の煩悩を滅ぼし、衆生を救うことを誓うといいう大慈悲が、激しい形相として表されているのです。

ただ、孔雀明王は、元になったインドの神話のころから女性格の女神だったために、明王としては例外的に慈愛にみちた面相をされています。

烏枢沙摩明王も、憤怒の形相をして、右足を高く上げるポーズで表されています。人々の煩悩を焼き尽くし、なんとしても衆生を救わんとするその勇ましさは、いろいろな神格のなかでも存在感があると思います。ただし、あまりメジャーじゃないのは、祀ってある寺院が少なかったり、トイレの神様という、なんとなく世俗的なイメージが浸透してしまったからではないかと思います。

事実、日本の戦国時代には、烏枢沙摩明王は広く信仰の対象とされていました。一説によると、妊婦のおなかのなかの子供を、女児から男児に変えるという、ちょっと変わった功徳があったところから、後継ぎとして男児が欲しい戦国武将には人気があったのでしょう。

戦国武将つながりの神様

蛇足ですが、戦国時代に広く信仰された神様として、摩利支天があります。摩利支天は仏教では天部に属し、陽炎の化身と言われています。陽炎には実体がないので、傷つかず、敵にみつからないというところから、武将たちの人気を集めたようです。

摩利支天は台東区のアメ横の中にある「徳大寺」という寺院に祀られているのが有名です。というか、残念ながら管理人は、他のお寺では見たことがありません。

アメ横に行く機会があったら、ちょっと立ち寄ってみるのも楽しいですよ。


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