ジャズピアニスト、秋吉敏子の『孤軍』、『花魁譚』を聴く

ジャズ

日経新聞の音楽評の記事で、『孤軍』というジャズアルバムのことを知り、ストリームで聴いてみました。そして、秋吉敏子というジャズピアニストについて初めて知ったので、すこし書いていきたいと思います。

秋吉敏子とはどのようなミュージシャンか

Wikipediaによると、秋吉敏子は90歳にして現役のジャズピアニストであるようです。

1929年、満州に生まれ、小学校1年生のときからピアノを始めます。日本敗戦後、大分県に引き揚げてからもピアノを続け、米軍キャンプを巡りながらジャズピアニストとしてのキャリアを開始します。

1956年、26歳のときに単身で渡米し、日本人として初めてバークレー音楽院に学びます。その後、フルート、サックス奏者のルー・タバキンと出会い、「秋吉敏子とルー・タバキン・ビッグ・バンド」を結成として、ニューヨークを拠点に活動します。

バンドは2003年に解散したというから、その活動期間の長さに驚きますね。現在は、ソロを中心に活動中とのことです。

今回聴いたアルバム

『孤軍』(”Kogun”)1974

秋吉敏子を全く知らない状態で聴いたので、1曲目からビッグバンドの演奏で始まることに驚いてしまいました。『孤軍』なんてタイトル、絶対、前衛ジャズだと思ってました。ビッグバンドは、やはり楽しくスイングしますね。ここは安定のリラックス音楽という感じです。

『孤軍』は、1974年に日本に戻ってきた小野田少尉をイメージしてつけられたタイトルとのこと。日本の雅楽や能、民謡の節を上手くつかった音楽表現が、当時としては斬新さを感じる曲です。ジャパニズムのイメージの合間に入るジャズのサウンドは絶妙なタイミングで、テンポのよさを感じます。想像としては、ジャズの部分は現実世界のジャングルを彷徨っているイメージで、日本のサウンドは、日本人としてのアイデンティティを思いださせるような、幻聴が脳裏に浮かぶ感じ、という構成なのかなと思います。

実際は、あまり小野田少尉とかは関係なく、日本的サウンドとジャズの融合というテーマだけかもしれませんが、いずれにしてもこの音楽が40年以上も前に作られていたことには驚嘆します。

『花魁譚』(”Tales of a Courtesan”)1975

アルバムの解説としては、「吉原の遊女の明暗をサウンド化」したとあります。

収録曲のほとんどはビッグバンドのジャズ演奏で、やはり楽しくスイングするあたり、『孤軍』と似たような構成だと思います。こういう部分は、秋吉敏子が米軍キャンプ巡りをしていたときには実用的なサウンドだったのではないでしょうか。

“Tales of as Courtesan(Oirantan)”はルー・タバキンの魂が込められたようなフルートの音が耳を離れません。ここまでフルートの音でオリエンタルなイメージを表現できているのは、この曲が日本人の女性によって作曲されたからだと思います。色気のある音の中に哀愁や、共感を欲する気持ちが感じられます。華やかな通りから、一歩裏道に入った時に街の裏側が見せるような、そんなイメージで聴きました。

“Village”は、木更津甚句がヒントになって生まれたというような記述を見ました。複雑な拍子をうまくジャズに取り込んでいます。この曲では、秋吉敏子のピアニストとしての技巧が堪能できます。他のビッグバンド風の曲では、あまり表に出てこないように感じていましたので、カウント・ベイシーが最小限の音でバンドをスイングさせたように、秋吉敏子もまたスイングに必要のない音を出さないバンドリーダーだったのでしょう。

以上、あくまで個人の感想です。管理人の勝手な想像も含まれておりますので、悪しからず。

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