悪魔を呼び出して、どんな望みをかなえるか

リラックス

輝くトラペゾヘドロン」という言葉を知っている人は、クトルゥフ神話のファンか、ゲームやマンガなどでアイテムとして出てきたものを知っている、ということでしょう。

邪神を呼び出せたとしたら

知る人ぞ知る、この「輝くトラペゾヘドロン」と呼ばれる奇妙な石を使い、儀式を行うことで邪神を呼び出すことができるアイテムなのです。邪神について書かれているという幻の魔術書、ネクロノミコンのような存在ですね。これはクトルゥフ神話という、ファンタジーもしくはホラー小説に出てくる話なので、実在はしません。しかし、知名度という点ではかなりのものなのではないでしょうか。

昔から、人ならざる者を呼び出したいという野望を持つ人がいるのです。錬金術師とかは、まさにそうでしょうね。悪魔を呼び出して、その知恵や力を借りて鉛や鉄などの卑金属を金に換えるという術が本当にあるのだと信じて研究していたのですから、科学と悪魔学は紙一重の存在なのでしょう。

パンクSFの金字塔、「ニューロマンサー」にも、「悪魔を呼び出すにはその名前を知らなくてはならない」というセリフが出てきます。この小説では、悪魔(もしくは神)は、プログラムです。サイバー空間というバーチャルな世界に君臨するプログラムの正確な名前を知ることで、プログラムを制御したり、削除したりすることができます。まさに、そのとおりで、ニューロマンサーの作者、ウィリアム・ギブスンの先見性と世界観には驚愕します。

さて、呼び出す悪魔、もしくは邪神の名前がわかり、その呼び出し方も分かったとしたら、あなたは彼らを呼び出しますか?

何もかも準備が整っているとしたら、人間はきっとその禁忌に触れることも辞さないのではないかと思います。呼び出したものが制御できないもの、不幸や破滅しかもたらさないと知っていても、機会があるならばきっとそれを実行してしまうに違いありません。好奇心は、人の理性を簡単に超えるのです。「「やるのか、やらないのか」と言っている奴は、やりたくて仕方がない奴だ」というのは、「幼女戦記」のマンガに出てくる言葉ですが、その通りだと思います。

悪魔との取引で得るもの

さて、悪魔や邪神を首尾よく呼び出せるとして、あなたは何を彼らに望むのでしょう。自分の欲望を満たしたり、巨万の富を手に入れる。あるいは、不死や世界の破滅などなど、いろいろなものを望むことはできますが、どれもこれも、悪魔や邪神がくれるものですから、正しいわけはありません。どちからというと、最高に汚い力を手に入れたということになるのでしょう。これは、普通の人間には必要でしょうか?幸福にならないようなパワーを得ても、持て余すだけなのではないのでしょうかね。富や名誉だって、正常な世界があってこそ、人と比較してはじめて優位に立てるものです。そんな正常な世界が(あなたにとっては)根本から破壊されてしまっていたとしたら、それは不要なものとしか言いようがありません。

唯一、この取引で魅力的なのは、「真理」を知ることができる、ということでしょうか。悪魔や邪神のようなものが真理を知っているかどうかはさておき、もし世界の秘密、宇宙のすべてを知ることができるとしたら、魅力を感じるかもしれません。学究の徒に限らず、人間、誰でも、ヒトの知性の限界を超えた世界を理解することができるのなら、悪魔に魂を売るということも辞さないと、言えなくはないでしょう。

しかし、そのような「真理」を理解したとしても、きっとあなたは気が狂って死ぬか、誰にも理解されない孤独に苛まれるだけかもしれません。しょせん、悪魔との取引はそのような結果しか生まないのです。

侏儒の祈り

芥川龍之介の「侏儒の言葉」というアフォリズムのなかに、「侏儒の祈り」という小文があります。その中に、こんな言葉があります。

どうか菽麦すら弁ぜぬ程、愚昧にして下さいますな。どうか又雲気さえ察する程、聡明にもして下さいますな。(中略)わたしはこの春酒に酔い、この金鏤の歌を誦し、この好日を喜んでいれば不足のない侏儒でございます。

悪魔の智恵は破壊しかもたらしませんが、侏儒の望む平凡さは幸福を呼び込むようです。これこそ、まさに現代人が目指すべき幸福の姿なのかもしれませんね。


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