『項羽と劉邦』を久しぶりに読んでみて思ったこと

ホビー

司馬遼太郎の『項羽と劉邦』がまた読みたくなって読みました。この小説は、高校生くらいのときに読んでから、ファンになりました。

南船北馬の漢楚の戦い

しらべてみると、連載時のタイトルは違っていたのですね。『漢の風、楚の雨』というのだそうです。漢は中原にあって乾いた風が吹く地域、楚は長江の南、雨の多い地域ということからの連想だそうです。ちょっとゴロが悪いですけど、言われてみるとそうかもしれません。

現在の中華人民共和国からはあまり想像できませんが、南船北馬というのが昔の大陸の移動手段のスタンダードだったことから、やはり北のほうは、黄土の風が吹き、乾燥した大地に黍や遊牧があったようなイメージがありますね。『西遊記』ではあまり船のシーンとかが出てきませんが、長安が都であった唐の時代は黄河沿いの北のほうが、シルクロード貿易で栄えていたのでしょうか。

一方、南のほうに目を転じると、やはり長江という大河があって、空気が湿っていていつも蒸すように暑い。人々は魚を食べ、稲を育てて生きてきたのかなと思います。ベトナムの北の田舎のほうにいけば、昔と似たような風景が見られるのかもしれません。現代の中国の西南には、上海や香港、深センといった巨大な都市が立ち並んでいます。深センは、いまはハイテク都市ですが、ちょっと前まではただの漁港だったということです。きっと横浜なんかと近い成り立ちなのでしょう。

項羽は筋のよい家柄の出身

項羽と劉邦、二人の英雄には共通点も多いですが、やはり違いが際立っています。小説的な面白さを追求しているとは思いますが、一言に「英雄」という括りに入らないような人物描写です。

項羽は己の武力に誇りを持っていて、最後は力で解決できると信じているように描かれています。しかし、カリスマ性については劉邦に劣るものでもありません。でなければ、項羽の配下の兵が命がけで戦をしようと思うでしょうか。頭も良くて誰よりも強いというプライドがあったので、軍神に似たカリスマ性を持っていたように思います。

残念なのは、育ちが良かったことでしょうか。小説の中ではさほどでもありませんが、楚という大国の大将軍の家柄ということで、御曹司のような扱いをされていたのではないかと思います。己が決めなければ気が済まないというのも、プライドがもたらした欠点ですし、血縁を重視し、部下の存在を軽く見るというのも、地位が高かったことがもたらしたことなのでしょう。

劉邦は不気味な存在

劉邦は農民出身で、泥臭いが大器を持つ人間として描かれています。袋のような男というのが、ぴったりきますね。英雄というよりは、なぜか憎めない存在。でくの坊。他人がいないとなにもできない。こんな男が、万に一つの運命によって、中国を統一する王者となるのですから、不思議です。

不思議というよりは、何を考えているのか分かりにくい感じですね。気やすいので近寄りやすいが、実際には相手に感情を読ませない、不気味さを持っていたのかもしれません。そのほうが、英雄という言葉に近いからかもしれませんが、『項羽と劉邦』を読んでいるとそんな気がするのです。

プライドと桁外れの武力を持つ項羽と、その包容力で誰もかれもなんとなく味方につけていく劉邦。勝負が成り立つのかどうかも分からない、噛み合わない二人の男が、なぜか天下を争うことになる。喜劇にも似た展開かと思います。しかし、当時の流民の姿が多く描かれているように、乱世を終わらせて平和をもたらすことこそ、人々が英雄に託した望みだったのでしょう。結果、劉邦の漢が勝ちましたが、これは謎に近いでしょう。なぜ漢楚の戦いで楚が敗れたか、かなり研究されていると思うので、すこし調べてみたいような気がします。

司馬遼太郎の歴史小説は面白い

それにしても、この小説は読み始めると面白くて止められなくなりますね。三国志や西遊記とはまた違った面白さがあると思います。司馬遼太郎の作品でも、人気は上位かと思ったのですが、版数からすると6位だそうです。1位は『竜馬がいく』で、これは分からないでもないですが、3位の『翔ぶが如く』よりは、『項羽と劉邦』のほうがおもしろい、と個人的には思います。


いつも読んでいただいてありがとうございます。クリックしていただけると励みになります。いつも、皆さまがリラックスできますように。

コメント

タイトルとURLをコピーしました