『映像の世紀』、その1

リラックス

NHKスペシャルでかつて放映された『映像の世紀』シリーズは、非常に勉強になる優れたコンテンツだと思います。NHKオンデマンドでも見れるので、繰り返し見返すことがあるほど、この番組は面白いです。そんな番組を見た感想を紹介できたらと思います。

『映像の世紀』第1集

第1集は、「~カメラは歴史の断片をとらえ始めた~」のサブタイトルになっています。19世紀末から、映像というあたらしい動く写真が発明されて、重要な記録メディアとなり影響力を増していくところに焦点を当てています。

それまで、文字や絵、写真でしか伝えることのできなかった情報が、ムービーフィルムとカメラの発明により、映像という新しいメディアで伝達することができるようになります。映像は、その場にいる人間の目でみたような風景や物事が体感できる、すぐれたメディアです。それまでの文化とはまるで違った体験を提供することができるようになったのです。

VRを体験した人なら解ると思いますが、新しいメディアが送り込む情報は、人間の脳にとっては驚きであり大変興味をそそられるものです。臨場感という要素が具体的に加わっただけで、こんなにも人間の体験に影響を与えるものかと、だいたいの想像がつくと思います。

莫大な情報量は、それまでの人間の情報処理能力を超えて、人間は処理できなくなり困惑や拒否反応を起こすのです。映像が最初に遭わられた時も、そのリアルさから気持ち悪くなったり、どうしてスクリーンの端から動いているものが消えたり現れたりするのか、理解できない人が続出したといいます。

当時の映像の優れ点としては、バイアスが入りにくいところもありました。現在とは違い、映像は撮影したそのままものものを投射していたのです。新聞や本などの文字メディアには、筆記者のバイアスがどうしても反映されてしまいますが、映像にはそのようなことが少なかったと思います。現代では、映像こそが最もバイアスがかかりやすいメディアかもしれません。なにせ、CG技術がAIなどの最新のものを積極的に取り入れていることで、本物の人間と見分けがつかない映像が再現できてしまうようになったからです。

映像はコンテンツを追い求める

最初は驚きの技術として見世物レベルであった映像も、人々がそれに慣れてくると、大衆は新しいものを求めるようになります。そこで映画会社は、世界にカメラマンを派遣して、珍しい映像を集めるようになっていくのです。例えば、中国の古い街並みや、エキゾチックな日本の映像、インドの蛇使いなど。面白ければなんでも撮影して、大衆に提供します。それが19世紀末から20世紀初頭にかけての世界の記録となり、アーカイブとして当時を知る貴重な資料になったのです。

平和な時代に、大衆が新しいものを求めるのはいつの時代でも同じです。ローマの「パンとサーカス」に代言されているように、映像はコンテンツとしてさらに早いスピードで消費されていきます。世界の風景や風俗を紹介するものから、作為的にストーリーや面白いいニュース、人物を作り上げ、提供するような「映画」がこの流れから生まれてくることになります。初期の無声映画がつくられるようになり、映画は娯楽として定着していくのです。

サイレント映画が多数作られるようになるには、第一次世界大戦を経験した後になります。それまでの映像は、洗練されていなくても、珍奇さでお客を満足させることができたのですから、まあ生まれたばかりの娯楽としては、未熟なものだったと言えるでしょう。

映像がもたらした人間への影響

さきほども触れたように、映像はそれまでのメディアと違い、莫大な情報量を持っています。それを目から流し込まれるような経験は、人類が体験したことがない新しいものでした。映像に慣れるとともに、人間の脳の活動部分にも影響を与えたに違いありません。

それまでは、文字を読む、絵を見る、会話をするという情報伝達の手段であり、受け取った側が咀嚼して理解する時間が十分にありました。しかし映像は、ほぼ強制的に目から脳に流れ込むものであり、咀嚼する時間がありません。脳はその場その場で瞬間的に判断するように強制され、視野領域が刺激され拡張されることになったのではないでしょうか。

脳は、副交感神経が活動しているとき、つまり寝ている間に海馬体が情報をえり分けしながら、長期記憶領域に入れるか、捨てるかを判断しています。映像によってこの海馬の動きが激しく忙しくなると、ほぼほとんどのものが捨てられることになったのではないでしょうか。でなければ、情報処理が間に合いません。

海馬によって捨てられた映像は、ほぼ忘れ去られてしまいます。映画を観たときに全編を記憶するのは困難ですが、気になったシーンだけはなんとか思い出せるかもしれません。すべてを記憶するのは無理なのです。記憶という構造や利用方法が変化していき、人間は必要なものだけ脳に入れ、あとは外部の記録メディアを頼るようになっていったのでしょう。この流れは、現代ではインターネットが負っています。ネットに保存されている莫大な情報量を人間は検索して見るようになるのは、映像が生まれてからの必然の流れだったと言えるでしょう。

『映像の世紀』は、戦争に関することを多く取り上げています。それは、20世紀が世界戦争を体験した世紀だったことにもよりますが、人間の記憶で強烈な印象を残したことは、戦争であったと言えます。今後、機会があれば、続きを取り上げていきたいと思います。


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