池を悠々と泳ぐ鯉を見ながら人間の動きを考える

リラックス

池のなかを泳ぐ鯉をぼーっと眺めていると、なんて上手く動くのだろうと感心することがあります。

鯉の動きとアリの行列

鯉は長寿な魚であり、長生きするほど大きくなります。大きな川や池には、1メートル越えの鯉なんかもいますね。そうなると、アマゾン川の大ナマズなどを連想するほどの巨大な魚です。

そういう鯉が群がって泳いでいても、決して無駄な動きはしていません。体を軽く左右にひねるように振って、ゆうゆうと泳いでいます。そして障害物やおなじ池の鯉などにぶつかるかなと思うと、するりと避けていき、お互いに衝突するようなことはありません。

魚の各側面にある側腺というセンサーで障害物との距離を感知しているのと、口ひげによる匂いの探知、あと鯉は魚のうちでもが発達しているほうですから、音である程度周囲を把握しているのかもしれません。なににせよ、ムダな動きをしないのが素晴らしいなと思うのでした。

一方、働きアリは、結構、ムダな動きをしているように見えます。移動するときは常にフェロモンを出しながら移動していて、エサになりそうなものに当たるとその動きをトレースして巣に戻り、他の仲間にしらせます。アリの行列ができるわけですが、アリどうしは、ぶつかることを辞さないのです。ぶつかって、止まって避けていくという、なんとなくムダな動きをしているようですが、これも進化の結果、最も効率がよいということでそうなったのでしょう。

無駄な動きを避ける鯉と、衝突したとしても群れとしての効率を重視するアリでは、動き方が違うのだなと思いました。

効率のいい人間の身体の動きとは

人間はどうでしょうか。人間の身体の構造で最も発達しているのは、長距離移動できる能力です。発汗のための汗腺を発達させて熱を効率よく排出することができ、かつアキレス腱を発達させたことで、長時間走ることに向いています

走る姿でもっとも美しいと思うのは、マラソン選手でしょうか。しかし近代のマラソンは速度と駆け引きが主な武器になっていますので、決して純粋に走るだけでは勝つことができない競技になっていると思います。

競歩もルールがある以上、それほど自由なフォームで歩くわけには行きませんが、近代マラソンよりは人間本来の長距離移動能力の発揮には近いものがあるのではないでしょうか。もっと言うなら、昔の飛脚の走り方や、ネイティブアメリカンの歩法と言われるインディアンスライドなどが無駄がなく、美しいのかもしれません。

現代人が身に着けた、無視する能力

現代人が発達させている能力で、ここ最近伸びているのはやはり情報処理能力でしょう。それも、情報を「捨てる」能力が特化しているのではないでしょうか。

この10年ほどで、スマホを手にした人間は大衆が発信も受信もするという、カオスな時代に来ています。すでにネットの情報はゴミの山であり、その中から自分に必要な情報をマイニングすることは、簡単ではありません。

ほとんどの人は、情報をある程度絞って、その中から興味あるものを見ているように思っているでしょう。そして自分には、情報をある程度選別できる自由があると考えています。しかし実際のところ、配信されている情報をひたすら受け取り、ほぼその場ですべてを捨てて忘れていっているだけなのだと思います。そうでもないと、人間の情報処理能力は破綻し、情報を受け取るのが苦痛になるはずです。

この、情報を無視する能力は、近年、現代人が会得した得難い能力のひとつだと思います。全くのムダの能力のようですが、これがないと情報に溺れ、何一つ自分で判断できない状態になりかねません。大量のゴミ情報から身を護る手段なのです。

ムダを省くということでは環境に適応した成果ではありますが、なんとなく、鯉やアリなどに負けているような気もしますね。


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