『映像の世紀』、その3

リラックス

1995年にNHKで放映された『映像の世紀』を紹介していきます。

今回は、3回目「それはマンハッタンから始まった ~噴き出した大衆社会の欲望が時代を動かした~」です。

第一次世界大戦終了後、アメリカは好景気に沸いた

1918年、第一次世界大戦がドイツ側の敗北という形で終了しました。世界各国を巻き込んだ戦争は大きな傷跡を残し、特に主戦場になったヨーロッパの国々は勝者も敗者も疲弊し、悲惨な状態でした。戦死者1600万人、負傷者2000万人と推定されます。現代の日本でいえば、神奈川と埼玉を合わせた人口が死亡。東京都と千葉を合わせた人口が負傷したという感じでしょうか。南関東が全滅ですね。日本の人口の約3割にあたります。

ヨーロッパの荒廃に絶望した人々は、戦場にならなかったアメリカ合衆国に移民として流れ込みます。戦争景気に沸くアメリカであっても、それほどの人口を受け入れることはできないので、まもなく移民の受け入れ制限はかかります。それでも、ヨーロッパから来た人々にとっては、高層ビルが立ち並ぶマンハッタンの繁栄ぶりを見るとそこは別天地のようなあこがれの土地だったのです。

1919年、戦後処理を決定するベルサイユ会議が開催されます。アメリカ大統領のウィルソンは国際連盟という新世界秩序の構想を実現します。そして、本来は敗戦国ドイツに賠償金を求めない方針でいましたが、イギリス、フランスなどの同盟国、そしてなによりアメリカの金融界からの圧力に屈する形で賠償金を課すことになります。戦勝国は、アメリカへの借款を返済するためにドイツから賠償金をとる必要があったということです。この件はアメリカの金融界の黒幕であるモルガン商会のモルガンJr.が主導で決定されます。大統領であっても、国民や財界の支持があっての存在であるということですね。

戦後処理が決定され、ドイツなどの武装が解除されると帰還兵がぞくぞくとアメリカに戻ってきます。毎日のように戦勝パレードを行ったということですから、アメリカがいかに美味しいところをさらっていったかということがわかるエピソードです。

帰還兵は、刹那的な享楽主義を求めるようになります。戦場を体験してきた身としてはとしては、命があるうちに楽しもうという気持ちになるのはわかるような気がしますね。そのような若者文化がアメリカを動かすようになり、ここに、人類史上はじめての大消費社会が誕生することになります。

大衆による大消費社会が生まれる

それまでの歴史では、大量消費ができるのは一部の富裕層だけでした。しかし、1920年代のアメリカは初めて大衆というものが大量消費することが可能になった世界であったといえます。

ラジオの普及や、通販カタログの登場などによって、大衆の物欲に火がつきます。戦争中に世界の工場として台頭してきたアメリカの工業力がそれを可能にします。自家用車や、ファッションなどの贅沢品が、買える価格になって消費が生まれ、その金が回ってさらに好景気へとなっていく構造です。

信用貸しの制度が出来て一般人であっても株式投資ができるようになり、企業は資本を得て事業を拡大していきます。株式が上がれば配当金もつき、株の素人であっても、うまく流れにさえ乗れれば大金を得られる仕組みになっていくのです。強気の相場は永遠に向上していくように思え、さらに民間からの投資が流れ込むという好循環が生じます。歴史的な俯瞰でみるとバブル経済の発生です。

株式投資で得た金で享楽を満喫するような世代を、ジャズエイジと呼びます。F・スコット・フィッツジェラルドの小説『華麗なるギャッツビー』で描かれている世界を思えばいいでしょう。金で買える人生の楽しみはすべて味わい尽くしてしまい、退屈と虚無に陥っている人々の世界です。貧困層からみればなんとも贅沢な悩みのように見えますが、人生の悩みというのはその立場になってみないとわからないのですね。

ちなみに、黒人の音楽であったジャズはこのころから全盛期に入っていきます。ラジオの普及から、ダンス音楽としての「実用的」な音楽が求められ、それがジャズを大いに発展させることになります。1920年代のジャズはディキシーやビッグバンドなどの形態だったのです。

バブル経済は破綻して、世界大恐慌の引き金になった

黄金時代はいつまでも続かずに、破綻の日がやってきます。

1929年10月24日、突如、株式市場が全面的に大暴落します。「暗黒の木曜日」と呼ばれた、バブル経済のはじけた日です。10月29日にはさらに大きな暴落がおき、株券は紙くず同然となります。取り付け騒ぎが起こり、財産をすべて投資に回していた人たちはあっというまに無一文になりました。借金の返済のため家を手放し、職も失った人々は奈落の底に落ちていったのです。

このころのアメリカは大国として世界経済に影響力を持っていました。ちょうど現在の中国のようなポジションでしょうか。グローバル化が進んでいた世界では、アメリカの経済が下降すればすべての国々に影響が出るようになっていたのです。世界大恐慌と呼ばれる不景気の時代の始まりです。

国によっては影響度は違いました。ソビエトロシアでは共産主義が功を奏し、世界恐慌の影響をうけずに発展を続けるという快挙を成し遂げました。しかし、現代ではこの経済発展は、多くのソビエトロシア人民の強制労働という犠牲の上に成り立っていたとみるのが普通になっています。この後、1932年から1933年にかけてウクライナで大飢饉が起こり、最低でも400万人が死亡したということが起こっています。共産主義の経済発展は、実質は薄氷の上を歩いているようなものだったのです。

ドイツは敗戦国として巨額の賠償金を払いながらも戦後から立ち上がろうとしていた矢先にこの大恐慌に見舞われ、深刻な影響を受けます。インフレ率が1兆倍を超え、紙幣は紙くずになりました。人口の3分の1が失業します。希望もなく、ただ食を得るために配給の列に並ぶだけの人々の不満は、やがて民族主義という罠にはまっていくのです。ファシズムが台頭する苗床はこの時点ですでにあったといえるでしょう。


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