絵巻物からガンダムへはどのように進化したのか?

リラックス

日本の書物の文化は結構古く、遣隋使からもたらされた紙の製法が和紙を作りだし、平安時代には木版印刷が実現されていました。しかし、それらは大変、貴重な書物や経文とされ、生産するには筆写が普通でした。大衆文化に本が根付くのは、室町以降になります。

信貴山縁起絵巻のダイナミックさ

アニメーションの原型は、マンガに求めることができます。アメリカではディズニーが、日本では手塚治虫がアニメーションの元祖と言えるでしょう。絵が動くということは、当時は大変、画期的なことでした。その原型には写真からフィルム映画が作られたのと同じ発想があり、さらにさかのぼれば演劇や人形劇といった物語を表現する芸術が、絵と文字、レリーフといった形で残されているところまで考えらるのです。

実物が動く表現を、絵や文章でどのように写し取ればいいのかを、古人はいろいろと工夫してきました。そのひとつが、マンガの起源として有名な『鳥獣戯画』です。ウサギやカエルなどが擬人化されて、面白おかしく風刺を書き出しています。

また、マンガ表現のもうひとつの起源として、『信貴山縁起』という絵巻物があります。平安時代の末期に作成されたもので、その中のワンシーンに、「剣の護法童子が空を飛んでくる」というダイナミックな絵があります。神の使いである護法童子が雲を引いて空を飛ぶこの絵こそ、鉄腕アトムがジェットで空を飛ぶというマンガ表現に近いものがあると感じます。

引用元:Wikipedia

能、歌舞伎、そして人形浄瑠璃の誕生

能が成立したのは室町時代です。それまでも神楽や雅楽などは演じられてきましたが、ストーリー性を持って音楽と一緒に物語をなぞるという演劇はあまり見られなかったのです。背景や物語のバックグラウンドについては、「そこにあるもの」や「教養として知っている」ことが必要とされました。その教養がなければ、なかなか能を鑑賞することはできなかったのです。

狂言はかけあい漫才を演劇のように昇華した芸術です。ストーリーに笑いを持たせることで、教養があまりなくても楽しめるようになりました。

歌舞伎の成立は安土桃山時代に出雲の阿国が「やや子踊り」という、女性が男装をして踊りをみれる見世物芸をもとに成立したのが正史となっています。宝塚のようなものだったのでしょうか。やがてストーリーや風刺が混じり、舞台や衣装も過激になっていきます。ここまでくると、歌舞伎はマンガの大げさな表現を体現したものになりました。

物語のほうも『南総里見八犬伝』のような大河ファンタジーといっていい本が大衆に受け入れられていきます。

そして、人形浄瑠璃も盛んに演じられるようになっていきました。人形浄瑠璃は、人形劇と歌舞伎の間にあるようなものだと思っています。3人の人形使いが精密な人形を動かして、節回しを謡って物語を演じていきます。まさに、映画やアニメーションに近い、幻想的な世界ではないでしょうか。

文楽の人形は日本人の好奇心をそそる

文楽は、大阪で演じられた義太夫節の節回しでセリフをつける人形浄瑠璃です。文楽に使われる人形の精密さを見た現代の子供たちは「ガンダムみたい!」と面白がったというから、ここにはガンダムの世界と同じ次元のものが存在していると言えます。日本人には、からくり人形など精密なものを喜ぶ好奇心が昔から存在しています。ヒーローもののテレビ番組や映画に、ロボットが登場するのもこういった歴史的な背景があるのでしょう。

1978年に、東映が版権を得てテレビ特撮ヒーローものとして「スパイダーマン」を放映しました。その中に、原作ストーリーにはかけらも存在しない、巨大ロボットが出てくるのです。おもちゃ会社をスポンサーに持つ制作会社としては、出さざる得ない事情があったのかもしれませんが、このギミックには、スパイダーマンの作者も大変喜んだといいます。アメリカにはこのヒーローものにロボットを出すという発想はなかったということでしょうね。

現在、ロボット技術は一般化されて、だいぶ価格も安くなってきています。文楽もアニメーションと合体して、プロジェクションマッピングの中でロボットたちによるショー的なものに進化していくと、より日本的で面白いですよね。


いつも読んでいただいてありがとうございます。クリックしていただければ励みになります。いつも皆さまがリラックスしていられるように。

コメント

タイトルとURLをコピーしました