ショスタコ―ビッチ交響曲第6番が気になる

ジャズ

ショスタコ―ビッチはソビエトーロシアの作曲家であり、近年では評価の高い交響曲作曲家として人気があります。特に交響曲第5番「革命」と第7番「レニングラード」が有名です。

第5番と第7番の間にあるものとは

この2曲の特徴は、叙情的な楽章と、一転して勇壮な楽章が存在しているところにあると思います。勇壮な楽章は非常にかっこよく、人気があるのも分かります。7番の「レニングラード」は、第二次世界大戦の独ソ戦でドイツ軍に包囲されたレニングラードのために書かれた曲としても、たいへん「実用的」な曲でした。ソビエトーロシアでは「大祖国戦争」と呼ばれていた独ソ戦で、緒戦にドイツ軍の展開する電撃戦に為すところをしらずに敗退を重ねていたソビエト軍にとっては、まさに戦争を継続し兵士を鼓舞するテーマとなったのです。そんな背景を知ると、第7番の第一楽章のマーチングバンドを取り込んだような構成は、軍隊の進撃を表現しているのだなと分かります。

では第5番はどうでしょうか。交響曲第5番は、1937年に作曲されています。それ以前に作曲された曲を、ソビエト―ロシアの機関紙「プラウダ」で批判され、反体制と目される恐れがあったショスタコ―ビッチが、その批判を覆すべく、全力で取り組んだのが「革命」をテーマにした第5番です。

したがって、第5番はスターリン体制に沿った内容になっていて、勇壮な楽曲が革命20周年を記念して演奏されます。こちらも「実用的」な音楽だったわけです。特に、ショスタコ―ビッチ本人にとっては。

そうすると、1937年と1941年の間に作曲された、交響曲第6番は何を目的として作曲されたのでしょうか。

第6番のテーマ

第6番が作曲されたのは、1939年です。曲想は叙情的であり、第5番や第7番などにみられる、勇壮な楽章はありません。3楽章からなり、初めは重々しく始まり、最後は明るい感じで終わるという、何を狙ったのかはいまいち掴みにくい構成になっています。

Wikipediaによると、第5番と第6番の関係は、ベートーベンの「運命」と「田園」の関係に似ているのだとか。ベートーベンの「運命」では極度の緊張、創造の爆発が描かれており、「田園」はそのバランスをとるべく、ベートーベンの好む田園風景、森の風景を描いたということになっています。

ショスタコ―ビッチにもこの状況は当てはまりそうです。第5番が自分の社会的な地位を守るためにテーマをがっちりと決めて、共産党体制が好みそうな曲を仕上げるという、緊張と疲労の作業だとすると、第6番は本来の自分が好む叙情的な世界、新しい構成で肩に力の入らない作品だと言えないこともないと思います。

ショスタコ―ビッチの第6番は主題が明らかにされていないので、何を思い描いて作曲されたのかは、聴き手が想像するしかないのでしょう。バーンスタインによる解釈としては、この第6番も戦争絡みだそうです。1939年当時は、独ソ不可侵条約によりソビエト―ロシアは戦場にはなっていませんでしたが、ポーランド侵攻による分割など、すでに戦争は始まっていました。自国が戦場になっていない、偽りの平和を描いたというのが、その解釈です。ちょっと穿ちすぎのような気もしますが、いろいろな解釈があってもいいのです。

聴いてみた感想として

第6番は、第1楽章がいちばん聴きごたえがあります。確かに叙情的、神秘的なイメージが強く出ているのかなと思います。

第2楽章、第3楽章にいくと、曲想は明るいのですが、なんか違和感があり、この違和感がいわゆる「偽善的な平和」を表しているのでしょうか。いずれにしても、第1楽章からの連続性の必要をあまり感じさせない、居心地の悪さのようなものを感じます。

どうしてこれが第二次大戦中に作曲されたのかな、と考えると、そのような時代を反映しているわけでは無いのではないでしょうか。やはり、ショスタコービッチが創造的、精神的なバランスをとるために作曲されたという説が正しいかと思います。

以上、クラシックに疎い管理人の浅はかな感想ですので、悪しからず。

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