虚無感と戦うために、いろいろな武器を研ぐ

メンタル

虚無感というのは常に付きまとう影のように存在します。生命力にあふれているときには大して気にもならないのですが、自分自身が薄れてきているような実感があると、とたんに虚無が大きな口をあけて飲み込もうと待ち構えているのです。

虚無感とはなにか

虚無感とは無力感であるとおもいます。何をやっても上手くいかないとき、ベストを尽くしたつもりでも否定されたときなど。こんな時にはふてくされて酒でも飲んで寝てしまえばいいのですが、真面目に捉えて反省なんかするような性格の人は「自分の無能」に焦点をあてることで勘違いしてしまいがちです。自分に原因を求めるのは、実は簡単なのです。他人のせいにしてしまうことは、他人を攻撃することであり、それは「みんななかよく」という教育をされてきた現代の日本人には案外、きついことです。ですから、迷惑がかからない自分にフォーカスして自分が悪いことにするという安易な方向に逃げているのです。

虚無感に本格的にとらわれると、すべてのパワーを食い尽くされるような状態になります。スポンジのように、無制限に気力と体力を吸い取るのです。その結果、スカスカの自分が生まれ、それを肯定することはできずに、体一つ動かすのも億劫な無気力な物体へと変化してしまいます。

これを癒すのは、とにかく休養と時間がかかります。瑞々しい感性をよみがえらせるためには、灰色にしか見えない世界を、色のついた新鮮な世界であると認識できる気力と体力を回復するしかありません。突然、良くなることもありませんし、コストもかかるのです。

虚無感と戦うために

虚無感と戦うためには、虚無に捕らわれないことが大事です。虚無はつねに存在します。それらに足を絡められ、引きずり込まれないようにするには、軽いうちに虚無から抜け出す術を身に着けておくことが必要です。

キーワードが簡単ですね。失敗しても「まあ、いいか」とか、無力を感じても「なんとかなるさ」と肯定的なことをとっさに口ずさめるようになれば、虚無に頭から齧られるようなことはありません。

それでも、知らず知らずに虚無に浸かっていることがあります。疲労です。現代人は、常に情報の洪水の中でおぼれているような状態ですので、必要な情報と、無意味な情報の区別がつきにくくなっています。頭の使い方が上手なひとは、必要なものだけにアンテナを向ける術を心得ていますが、一般の人は、とにかく情報の中にあって、ひたすらそれらを取り込んでしまいます。いったん、情報で頭がはちきれんばかりになれば、それ以上のことをやろうとしても無理なことはわかるでしょう。うまく吐き出すことが必要なのです。

疲労している人は、その吐き出すことすら忘れていることが多いのでしょう。そうなったらもう足掻くのはやめて、一旦、沈んでみるしかありません。抵抗せず、周囲を濁らさずに、浮かびあがるのを待つのです。そすれば、自分が今どのような状態なのかクリアに分かる時がやってきます。ポイントは抵抗しないことですね。虚無のなかで暴れるほどに気力と体力が奪われていき、浮かび上がるのが遅くなります。

前人の智恵を借りる

一端、虚無につかまったら、休むなり、他の人に助けを求めることが必要です。また、こんな時こそ前人の智恵にすがってみるのもよいと思います。

戦争でなにもかも失った人々が、今の世界を復興させた苦労にくらべれば、あなたが抱えている問題はそんなに大きくはないでしょう。多くの問題を抱えていても、あきらめずに地道に解決に取り組んだ人ほど、複利のようにV字回復するものです。プラスの人が時代を経てもつねにプラスでいるということは、一見普通のことのように思えますが、実は裏で大変な努力を払っているということを知れば、コツコツとできることからやっていこうと思えるはずです。虚無と戦うということは、そのような知恵を持っているか、実践できるかにかかっています。一歩踏み出せば二歩目からは楽なように、最初が肝心であると思いましょう。

そのような武器を常に研いでいることが、日ごろからできる虚無との闘いなのです。


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