一言でジャズといっても、様々なジャンルに分かれていって、融合と分裂を繰り返して今の音楽になっていきました。「これこそ、ジャズだ」というものは、はたしてあるのでしょうか?ジャズを「勉強」している若いミュージシャンには、ジャズを理論からとらえるインテリ派もいるでしょう。しかし、古いジャズを聴いていると、スタン・ゲッツが言った言葉を思い出します。「ジャズは夜のミュージックなんだ」と。
植草甚一さんの著作に出てきたジャズを聴き比べていきます。感想はあくまでもシロウト管理人の勝手な意見ですので、悪しからずお納めください。
今回聴いた曲
クレイジー・ブルース
“Crazy Blues”/Mammie Smith
ブルースのレコードとしては、最古のものだということです。録音は1920年。ブルースとは何かという定義は実は難しくて、その起源も諸説あります。黒人音楽のワークソングや霊歌が、たまたま12小節を単位にして独特の節回し(ブルースコード)で演奏されていたのが、ブルースと呼ばれるようになったと言われることもあります。
このレコードが売れたから、「ブルース」という、アメリカ発祥の音楽が認知されたという経緯もあるそうです。これも実際、本当かどうかは分かりません。
曲は明るく、楽しい雰囲気です。ディキシーバンドを彷彿させるような、ステージショーで歌われたというのが近いですね。植草さんは、「芸人じみた」という表現をされていますが、確かにそんな感じです。洗練されているというところはありませんけど、寄席やキャバレー、フェスティバルなどの歌謡ショーを想像させる楽しさです。
どん底からのブルース
“Blues from the Gutter”/”Champion” Jack Dupree
同じブルースでも、時代がぐっと下がり、1958年録音のレコードです。それでも、60年以上前なんですけどね。
ブルースコードに従った、極めて忠実なブルースだと思います。しかし、ブルースの発祥と言われる、デルタ・ブルースの歌手、ロバート・ジョンソンやサン・ハウスなんかと比べると、泥臭くありません。音質が向上しているせいか、上品に感じます。ブルースが発展し全く違うものになったときに、昔の歌手の歌い方を再現したかったのかもしれません。
ゆったりしたテンポ、独特の間合いで歌い上げるキリリとした歌声は、ブルースの基本を思い起こせと言わんばかりの色濃さを感じます。
なお、この「チャンピオン」ジャック・デュプリーのあだ名は、元のキャリアがボクサーだったことに由来するそうです。チャンピオンを名乗るのは恥ずかしいということはなかったんでしょうかね?
エレクトロニクス時代
“The Age of Electoronicus”/Dick Hyman
いにしえのシンセサイザー、ムーグを駆使した野心作というべき音楽ですね。音楽が電子化したのが当たり前の現代からあれこれ言うのは反則でしょうけど、もし、このアルバムをYMOより先に聴いていれば、きっと同じような衝撃をうけたはずです。画期的な音作りだと思います。
音の波形が思い浮かぶような、素朴な電子音も使われています。時代の流れは速いですよね。むしろ、このアルバムが新鮮に感じるのは、意気込みが違ったからかもしれません。いまのコンピューターミュージックは、消費されるのが早いですから、記憶に残るまえにあっという間に消えてしまいます。
いま話題のAI歌声合成、東北きりたん なんかと相性がいいんじゃないでしょうか。リミックスとか聞いてみたいです。
夜の生き物
“The Night Blooming Jazzmen”/Lenard Feather
リマスター版を聴いたせいか、やけにカッコよく聴こえます。音の粒が揃っていて明瞭です。テーマも良いし、途中で挟まるエレキ楽器も、雰囲気を壊さずにうまく使えています。
このアコースティックとエレキの配分が絶妙です。エレキ楽器はうまく使わないと半端になり、締まらない恰好になってしまいがちですが、この曲はそれを超えていると思います。カシオペアやTースクエアの先駆けなのではないでしょうか。
フリー・ジャズ
“Free Jazz”/Ornette Coleman, Eric Dolphy
今更ですが、改めてフリージャズを聴いてみました。そもそも、ジャズのフォームにあっていないジャズを食わず嫌いしてきたので、いままであまり手を出さないジャンルだったのです。特に前衛ジャズは、リラックスして聴けるほど思い入れもなかったし、「なんかうるさい」という感覚が強いです。新しいお音楽にかける意気込みが、ユーモアやリラックスを凌駕しているというか。一歩間違えると、マスターベーションになりやすいです。
このアルバムは名盤だけあって、さすがに良い出来です。もっと、ミンガス的なユーモアのあるフレーズを聴けるかと思ってましたけど、あまりなかったかもしれません。かといって、シリアスという訳でもないので、良いのではないでしょうか。
欲を言えば、ドラムとトランペットにもう少し余裕が欲しいかな、という気もします。
淋しい女
“Lonery Woman(The Shape of Jazz to Come)”/Ornette Coleman
オーネット・コールマンのサックスの演奏については文句ありません。フリージャズ的なものを想像していたのですが、ちょっと違っていました。
この曲もそうですが、アルバムはサイドマンが素晴らしいと思いました。チャーリー・ヘイデンのベース、ビリー・ヒギンズのドラムが実に大人の演奏をしています。支える所はちゃんと支え、ソロになれば主張できるテクニックを持っているところが気に入りました。
革新的かと言われれば、あまり自信はありません。当時の人たちがどう受け取ったのかということなのでしょう。
ノー・コースト・ジャズ
“No Coast Jazz”/Jhon Handy
1曲目、2曲目と聴いていったとき、なんだ、上品なウエストコーストジャズじゃないかと思いました。しかし、最後の曲「No Coast」ではその感想は一変します。熱いサウンドです。サックスはコルトレーン並みにシーツ・サウンドを吹きまくり、ピアノは華麗と重厚を変幻自在に行き来します。ベースも、弓で弾くなど工夫を凝らし、なかなか唸らせるものがあります。
やるじゃないか、と思っているうちにカッコよく曲は締めて終わります。これも「主張」なのでしょうね。
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