人生をなにかに例えることは、人生を豊かにしない

メンタル

人生って重たい言葉でしょうか、それとも楽しい言葉でしょうか?

どちらかというと、重い言葉に聞こえてきます。真っ当に現代を生きている、生きざる得ない人はどちらかというと苦渋や重荷のような意味が大きいのではないでしょうか。

そうとう楽観的な人や未来を考えることのできない動物などに、人生とはなにかを尋ねたら「いいんじゃない?知らんけど」みたいないい加減な返事が返ってきそうです。そうでありたいですけどね。

人生をなにかに例えること

仏陀は、「人生は苦である」と言い切っています。原始仏教ではこれこそが根本にあり、この苦をいかに乗り切るかの智恵を得ることを目的としています。

仏教はインドから拡大していき、いろいろな宗派が派生していきます。比較的新しい仏教である浄土宗では、死んだら西方の浄土に行けるように常にお題目を唱え続けなくてはなりません。現世利益をあきらめたような人生観がそこに生まれます。

徳川家康も浄土宗の信徒ですので、似たような思想をしています。「人生は重い荷を背負い坂道を登るがごとし」みたいな重たさですね。この言葉は家康本人が言った言葉ではないでしょうが、なんか納得できるのは、家康の幼少のころから壮年になるまで、苦労、苦労の連続だったことから連想されるのでしょう。

中世キリスト教では、メメント・モリ、「死を思え」という人生観がありました。サン=サーンスの音楽で有名な「死の舞踏」では、死人が骸骨の姿で踊りまくります。今日は生きているけど、明日には死ぬかもしれないという人生のはかなさを常に思い起させるために、あえて死人を踊らせているのでしょう。死んだら、貴婦人も乞食もみな同じ骸骨なのです。それだけに、キリストの教えを信じて、今日を感謝して生きることが人生の戒めになったわけですね。

だいたいは後付け

しかし、「重い荷を背負って坂道を登るがごとし」も「メメント・モリ」も、大抵は借り物だったり、後付けだったりするものです。本当の本当に本人たちがそのように人生を思い描いていたかというと、それはないと思います。現代と違って、中世は生きるか死ぬかは常の状態であり、それをとやかく例える暇なんかほぼなかったでしょう。今日食べるものを得るのに必死であり、明日のことはわからない。そんな中で、「人生とは」なんて言えるほど、豊かな世の中ではなかったでしょう。

多数の人間が社会という集団の中で生きるためには、調停者がいなければならず、中世ではそれが支配層や教会の役割でしょう。彼らの言い分に従わないで生きることは、社会から外れて生きることになり、不都合だったのです。

また、人生をなにかに例えられるほど豊かな教養を持った人は、富裕層に限られてしまいます。そのような人たちが本当に何を言ったのかは、信用できる資料でもない限り伝承にすぎません。後世の伝記作家がおおよその見当をつけて書いたような資料では、きっと本人の気持ちはわからないでしょう。

生きる支えにはなる、しかし心は豊かにならない

人生を何かに例えること、人生訓のようなものは、ときには生きていく支えにもなります。その言葉がたとえ適当に作られた言葉であっても、誰かの支えになっていれば本物といえるでしょう。

しかし、大抵の場合、そういった言葉は辛い時や苦しいときに染み込んでくる言葉が多いように思います。幸福なとき、上手くいっているときには、教訓や警句などは耳を通り抜けてしまうのでしょう。人生バラ色のときに「死を思え」と言われたところで、真面目に聞き入れないでしょう。不快になるだけです。

つまりは、人生の例え、教訓、警句などの名言は、支えにはなるが、人の心を豊かに育むことは少ないと言えるのではないでしょうか。とはいえ、心は豊かにならずとも、知恵や処世術を身に着けることはできます。親から「いつも笑顔でいなさい」という言葉を言われ続け、実践できたならば、きっとその人はいい人生を送っているでしょう。心の中まではわかりませんが。


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