仕えるならこんな君主がいい

リラックス

NHK大河ドラマ『麒麟がくる』の主人公、明智光秀は、その生涯で何度か仕える主人を変えざる得ない状態にありました。最終的には信長のもとで出世し、方面軍の軍団長の地位まで登りつめます。それが幸せだったかは、本能寺の変を起こしたことで分かるでしょう。苦労の連続だったというとこが本音ではないでしょうか。

三国志演義でも、魏の曹操、呉の孫権、蜀の劉備とカリスマと政治力がある君主が同時代に登場し、物語を面白くしています。自分がその時代にいたら、どの勢力に就きたいか、読んでいる人はみな考えるのではないでしょうか。

財力とカリスマ性で考えてみる

現代は、建前上は封建制度ではないので、君主ー家臣という関係はありません。しかし、実際のところは親分がいて、その子分がいるという関係性はいたるところにあります。平等がテーゼである共産主義国だって、指導者と民衆という関係は結局のところ親分・子分です。

君主や親分をもし選べるなら、どんな君主に仕えるのがいいのでしょうね。

財力と魅力で分析するなら、こんな感じになりますか。ダメ人間には、仕えるどころか近づいたらだめでしょう。

名君だったら、そりゃ魅了されますよね。大勢力に属するということは安心かもしれません。

問題は、バカ殿と野心家、どちらがいいかですね。普通に考えれば、バカ殿をわざわざ選んで、仕えようという考えは起こらないでしょう。そうすると、野心家のほうに賭けるのがいいのかもしれませんね。野心家はお金が後からついてくる可能性が高いわけですから、最初につばをつけておけば、後々良い地位に就くこともできるかもしれないわけです。将来性を買うというところでしょう。

名君に仕えることはいいことか

しかし、名君の子分は沢山います。大勢力なわけですから、当然ですよね。優秀な人材が集まっていて、成熟した組織が作られていればもうそのなかで歯車くらいにしかなれないわけです。安定した生活は送れても、出世の機会がなければそれ以上にはなれないわけですから、実力がある人材にとっては不満がたまるでしょうね。

それでも出世して、もし名君の側近になったらなったで、かなりの保身が必要となるでしょう。機密や陰謀にタッチできるような側近になると、たとえ名君であっても嫉妬や人間不信、もしくは感情のすれ違いにより、無役よりひどい仕打ちをうける可能性もあります。よっぽど君主の人間ができていないければ、側近になどならないほうがいいのでしょうね。

側近として甘い汁が吸いたいならば、バカ殿に仕えるほうがよっぽど気楽でしょう。おべっか使いやイエスマンになり、利権の一部を懐に入れるのが楽しい一生になりそうです。内紛や強力な外敵などに遭った場合は、すぐに逃げてしまえばいいわけですから、忠誠心なんかはありません。

身の丈にあった仕え方

野心家も権力を握る前はさわやかな人柄だったのに、トップになったとたん豹変して側近を粛清しまくるパターンもあります。地位を得るために手段を選ばなかった人間は、トップに立つと、いままでの復讐をされると思い込み、強度の人間不信になるのでしょう。

結局は、身の丈にあった主君や就職先を見つけること、ですね。小さくてもそこそこ安定していて人柄がよい君主であれば仕えるに値する人もいれば、小さい勢力から自分の力で、君主を押し上げて、自分ものし上がろうという考えもあるでしょう。自分のなかの出世欲、野心、欲望、またはその逆の臆病さや安定志向、無関心などなど、いろんな人がいるのですから、ひとくくりにはできません。

やってはいけないことは、自分の志向とあっていない組織に属していることですね。多かれ少なかれ破綻が来ます。まあ、組織の中に入ってみないと分からないことが多いのですけどね。


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