紫陽花の小径

リラックス

梅雨も近くなり、紫陽花の咲く季節になってきました。6月のアイコンは傘と紫陽花とカタツムリですね。あまりに規格化しすぎてしまって、むしろ違和感を覚えるくらいです。

陸貝類も最近はあまり見なくなりました。ナメクジはたまに這っているけど、大きなカタツムリって見ないですね。外来種かなにかに駆逐されたのでしょうか。それとも、近所にいないだけなのかな。

紫陽花は鮮やかだがポップではない

家の近くに、紫陽花が鮮やかに咲く小径があります。といって全く有名ではないですので、訪れる人も殆どいません。そこがいいのですね。

紫陽花寺とかは観光地になってしまって、本物の植物なのに、なぜか人工物のような感じを受けてしまいます。これは、花畑などもそうですね。ゴッホの絵のような向日葵が沢山咲いているなかを歩いてみたくて、そのような観光地に行ってみたこともありますが、観光客がいっぱいいるのでそんなに感動を覚えることもなかったです。観光地ならではですが、向日葵の咲く時期をずらして畑を作って、シーズン中はずっとどこかの畑に花が咲くようにしてあるので、とても作為的なものを感じました。まあ、がっかりして返ってきたわけです。

それに比べると、家の近くとはいえ人の来ない紫陽花の名所は自分にとっては特別な感じがします。こじんまりとした路傍の花であっても、本物の植物を、花を見ているという感じがして新鮮です。しかも紫陽花は鮮やかですが、日本的な色をしているのでとても癒やされます。チューリップやバラ、ダリヤやポピーなどは、沢山咲いているときれいなのは分かるけど、和ではないですね。桜、紫陽花、菊など、昔から和物として知られている花のほうがしっくり来ます。

散歩道に咲く花

小径の両脇に背の高い紫陽花が競うよう咲いていると、その間を通って歩くのがとても楽しみです。紫陽花の花は、大柄で、しかも周囲と協調している感じがします。

道を歩いているだけでも、この季節は紫陽花をよく見かけます。枯れてしまうとイマイチの造形ですが、咲き始めのフレッシュな紫陽花であれば、瑞々しさと鮮やかさで目を楽しませてくれますね。

輪っか状に咲くような、人間が作ったような紫陽花よりは、昔からあるこんもりとした咲き方をしているほうが好きです。なんだか園芸家は、自分の美的センスなのかそれとも商売気なのか、いろいろと混合して新しい種類を創って楽しんでいるようですが、昔っぽいスタイルも必要だなと思います。バラだって、人の手で作られたものより、地味であっても野ばらのほうが面白いのではないかと思います。

花を愛でながら食べるなら

紫陽花をみながら、何かするのであれば、やはり和的なものを飲み食いしたいですね。桜を見ながら馬鹿騒ぎするような花見はあれはもうどうしようもないシロモノですけど、紫陽花くらいだったらそんなに騒ぐ人もいないでしょう。

正当に、抹茶と羊羹くらいでいいのではないかと思います。もしくは、みたらし団子ですね。なんか紫陽花と合うとは思いませんか?洋風なものはちょっと却下です。チョコレートとかアイスクリームとかは、なにか別のものを見ながら食べたほうがいいでしょう。でも、チョコに合う花とかあるのでしょうかね?バラかな。

団子も日本のお菓子って感じがしますから、和風なものを堪能できます。みたらし団子は、定期的に気になる食べ物です。でも、あまり買わないですね。親の世代は好きだったのでしょうけど、若者の団子離れがひどくなっているのかもしれないです。

結局は、イメージなんですね。自分のなかにあるべき姿があって、それに合わなければ違和感を覚えるので文句を言うという、そんな感じです。紫陽花はこうあるべき、みたいなものは、本来は邪魔な概念でしかないのでしょう。けれども、そういう風流に対するこだわりがあっても、それほど害がないから良いのではないかと自問自答しています。


いつも読んでいただいてありがとうございます。クリックしていただければ励みになります。いつも皆さまがリラックスしていられるように。

コメント

タイトルとURLをコピーしました