影響されやすい私をどうしようもなく思っている

メンタル

なにか外部からの情報を取り込むと、その情報にすぐに影響を受けてしまうことが、よくあります。例えば、買い物に行った時、そのお店のテーマソングが延々と流れていて、否応なく聞かされることがあります。その音楽が頭から離れず、何かの拍子に不意に思い出され、同じメロディーが頭のなかでリピートするようなこと、経験ありませんか?

現代社会に生きている現代人は、情報の海に浸かっていると言っても過言ではありません。ある程度は無視できるように脳が進化しているのですが、一定量を超えると脳の処理範囲を超えてしまい、ついには変調を起こすようになるのではないか、と想像しています。

影響されやすい時の心の状態

なにかに影響されやすいときの心の状態を考えてみると、心が不安定の時にはいろいろと転びやすいように思えます。不安定というのは、良い意味でも悪い意味でも、フラットではない、冷静ではない時と言えるかもしれません。

例えば、人が金策などで困っているときには、そのような人からさらにむしり取ろうという貧困ビジネスに、多くの人が引っかかってしまいます。それは、困窮と言う状態で心底困っていて、判断力が弱っているからなのです。

また、心身ともに絶好調なときも、安定しているとは言えません。浮足立っていると、自分からよからぬことに頭を突っ込んでみたり、足をすくわれたりします。人間がなにかを判断して、行動するときには冷静さが必要です。主観的に見る自分と、客観視できる自分。その場に居る自分と俯瞰して周囲の一部としての自分など、様々な関係を正しく読み解いていくには、地に足を着けて視る沈着さが必要なのです。

良いか悪いか、自分で判断できなくなる

いつもフラットで居られるかは、なかなか現代社会では難しいのかもしれません。メディアからは常に不安を煽り立てるような情報が流れ込んできます。誰がいつ発言したか分からないようなデマが、世界を動かすこともよくあります。既に、人間が判断できるようなレベルを超えているのです。

ここでAIなどのテクノロジーを使ってフィルタリングするという発想が生まれます。言ってみれば、興味のある情報、価値のある情報だけを提供しようという流れです。各個人で情報の良し悪しの判断ができないのであれば、機械の秘書をつけて、より良い情報だけを一次選択させるようにするのです。これは、機械による人間の能力の拡張とも言えるでしょう。

こうしたテクノロジーが常に悪意のあるハッカーの危険にさらされているということに注意をしなくてはいけません。自分は大した情報も持っていないし、発信もしていないから関係ない、ということはありえなくなります。もし、自分のSNSアカウントを乗っ取られて、悪意のある発言をバンバン発信するような踏み台に使われたとしたら、誰が責任を取るのでしょうか。少なくとも、自分がそれをやっていないということを証明する手間は並大抵ではないでしょう。

安定した心を求めて

安心を求めることは、人間の歴史的なテーマと言っても過言ではありません。古代エジプト文明では、永遠に生き続けるための信仰や神まで創られ、巨大な墓をつくることで安心を得ようとしました。現代人は巨大な墓には憧れないでしょうが、不安定な時代に安心を得たいということに変わりありません。

無常の世の中において安心するには、その無常と一つになるしかないのです。諦めて時が為すまま世が移るまま、受け入れるということでしょう。しかし、自分自信は死ぬまで保ち続けることをしなくてはならないのです。この、自分自信を保つことが、情報過多の時代には外部からの情報の影響力もあって、難しいのではないかと思います。

思い切ってデジタルデトックスしたり、一切、遮断して、アーミッシュのような生活を送るなど、劇的に生き方を変えなければ一生、ついて回る問題です。かといって、思い切った先に光が必ずしもあるとは限りません。一時期、ノマドワーカーという自由な生き方が流行ったこともありましたが、きっとスーパーエキスパート以外のノマドは死に絶えているでしょう。影響されるのが悪いとはいいませんが、判断ができないならその先の責任も自分で負うしか無いというのが現状です。ただ、不安定はこころの余裕を奪う。これは真理だと思います。


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