天気が晴れないからこそ、心を晴れやかに保とうと思う

メンタル

令和2年の梅雨は、記録的な大雨で多くの人が被害に逢いました。熊本の球磨川流域や、長崎、岐阜など、壊滅的な被害を受けたところも多数ありますし、人命も失われています。新型コロナウィルスにおびえている最中の出来事で、二重苦、三重苦に苛まれている方には、心からお見舞い申し上げます。

避難所での生活でソーシャルディスタンスを保つのは難しいでしょう。ダンボールのしきりのなかで寝ている人の姿は、捨てられた猫のようでとても哀しい感じがしました。それでも、クラスター感染という二次災害を起こさないためには、出来ることは何でもしないといけないのだなと強く思います。

天気が晴れないと、心まで曇ってしまう

梅雨空はこころが晴れやかにならないので、重たい気分になります。管理人は、うつ症状を持っているので、天気には影響されやすいと自覚しています。日本人の多くは、鬱の予備軍だそうなので、同じように思っている人も多いのではないでしょうか。若いころは、そんなこと気にも留めなかったのに、いまは病んでいるからでしょう、重たい泥のようなものがのしかかってくる気分になるのです。

『うつヌケ』(田中圭一、角川書店)の中でも、天気とメンタルヘルスの関係性が指摘されています。作者曰く、天気の変わり目である、3月、11月あたりになると鬱がやってくるので、あらかじめ予定を明けておくのだとか。確かに、身動き取れないような絶望感や頭痛などに襲われたら、休むしかありません。医者にできることは「休みなさい」ということくらいです。時間が治療なのだと思って、身を任せるしかありませんね。

少しでも元気が残っていると「働かなくてはならないのに、なぜ身体か動かないのか」などとむやみに元気を振り絞ってしまいます。これでは、貯まったそばから元気を消費しているようなもので、少しも元に戻りません。悪化させるくらいなら、じっとしていたほうが効率的なのです

明けない夜はない、と言い切れる

それでも、「いつまでじっとしていればいいのだろう」と思うことがあるでしょう。確かに、未来に希望がなければ、人間は生きていくのが辛くなります。自殺まで考えてしまうのも、絶望にすべてを乗っ取られてしまうからなのです。

希望は必ずあります。今現在、絶望しかないと思いこんでいても、過去はそうではなかったはずです。同じように、未来も絶望しかないなんてことはありません。堅実に現在を生き切ることによって、未来に希望がつなげるのです。死んでしまえば水の泡なので、ここはじっと耐えることを学ぶ時期だと考えるほうが健全でしょう。

過去の生命は、それこそ絶望の縁に立たされることの連続でした。地球は生命に試練を与え、生命は過去に何度も絶滅に近い被害を被ってきました。それでも、いま自分が生きているということを考えると、命がちゃんとつながっていることを理解できると思います。今現在の辛さを考えると、他人には分からないと思う人もいると思いますが、過去の生命の壮絶な生きることの戦いからすると、悩みなど小さなものです。明けない夜はない、と言い切れます

アランの幸福論から学んで

管理人は、『無門関』とアランの『幸福論』を度々手にとって拾い読みします。集中して読むようなことはしないのですが、この2冊からは何度も救われるような言葉を得られました。とても滋養がある本なのです。

無門関からは、禅のテイストが伝わってきます。生まれたままの身のまま、無情の中を平気で生きるということの凄みや大切さこそ、仏教が伝えたいことのひとつだと思います。ただ、禅を学んだからといって、心の安定が得られるわけではありません。きっと、禅の教えは一生かけて読み解いていく、そんな物語の一端なのではないでしょうか。

アランの幸福論は、つねに前向きな言葉で自分の背中を押してくれます。それは、暖かい言葉でもあり、ときに辛辣であっても友にかける真実の言葉であるかのように伝わってきます。どのページを開いても、「上機嫌」であることの心地よさを語っているこの本は、実に利用価値があるものです。無門関が心を求めるための地図であるならば、幸福論は冒険に出かけるための原動力でしょう。味は違うけども、前に進むという点では同じことを語っている本なのです。

大雨で被害に遭った方たちへ、そして新型コロナやうつ症状で悩んでいる人たちにも、幸福論の言葉を届けられたらいいなと思います。


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