ヒトの手に魅了される、その方向性の違い

リラックス

人間の手は、言うまでもなく直立歩行した結果生まれたものです。ホモ・エレクトスが180万年前にアフリカ大陸に立ち上がったとき、彼らは初めて手というものを持つに至りました。近代の研究では、サヘラントロプス・チャデンシスという最古の人類の化石が見つかっています。こちらは、700万年前とかなり古いです。この化石人類がもし直立歩行をしていたら、手の歴史は大幅に遡れることになります。

みなさんも、たまに自分の手を見ることがあるでしょう。特に関心がなければ、どうということもありませんが、こんなに精密に動くものが人間に備わっているというのが不思議に思います。もし人類が蹄しか持たなかったなら、文明の在り方などが大幅に違ってきているはずです。象の鼻のような別の機関が発達したかもしれませんしね。

人間の手の精密さ

人間の手は、片方で27本の骨と34の筋肉で動いています。手の精密な動きからすると、むしろ少なく感じるくらいですね。昆虫の脚などは、もっと簡素にできているためにロボット技術として取り入れやすいですが、人間の手となると流石に簡単にはいかないのでしょう。

人の手の働きは、なにも手首から先だけで成り立っているわけではありません。こうして、文字を書く時、タイピングをする際にも、腕や肘、肩、あるいは体幹の動きまでを利用して細かく動かすことができているわけです。これだけの筋肉をほぼ無意識のうちに連動して動かすという脳の働きはすごいものだと関心してしまいますね。

母親のお腹のなかで手を動かし初め、生まれて成長する過程で、手を動かすためのいろいろな学習データを蓄積していくのでしょう。目から取り入れた情報を脳が処理し、手の精密な動きをコントロールするには、膨大な事例からその瞬間に適切な動きを選び出し、神経に信号を送り出すようにプログラミングされているわけです。

人間の手の動きを人工的に作り出すには、もう少し時間がかかりそうです。ただ単に人間の手を真似るだけではなく、もっと精密で強力なものを創ろうとすれば、最先端の技術をもってしても容易いわけではありません。最近は、協働ロボットが注目されています。労働者として、人間の手の精密さはそのまま使い、単純な労働部分をロボットに任せるというのがコンセプトです。いまのところ、この折衷案が取り入れやすいと思います。

もっとも、さらに進めれば、ロボットにより多くのことを任せたくなります。ロボットに人間以上の精密さを求め、完全に人間に代わるものを創り出したくなりますよね。ロボット工学の夢と野望はそこにあるのでしょう。

ビジュアル的な手の表現

画家や写真家、漫画家であれば、人間の手にはもっと芸術的な表現を求めるでしょう。スケッチの練習で、何度も手を書くのは、それだけ手というものに視線が集まりやすいものだからであり、表現するにあたっては重要なパーツなのです。

上手と思う人物画は、やはり顔の表情と手の描き方で判断するのではないでしょうか。どちらも、人間のコミュニケーションにとって注視される部分だからです。たとえ、手がドラえもんのように丸だけで描かれていても、そこには意図的に削除された表現があり、決して面倒だからという理由では省略しないのではないでしょうか。むしろ、省略してしまうと表現の幅が狭まってしまい、かえって苦しくなるような気もします。

洗剤やハンドクリームのCMなどで、手専門のモデルさんが活躍しているように、手というのは顔や目と同じくらい注目されます。女性がネイルに凝るのも手を綺麗に見せたいからです。ビジュアル的な表現方法として、顔への化粧の次ぐらいに手を大事にしているのですね。

ジャンルにおける人間の手への言及

彫刻のジャンルでは、むしろ手のモチーフはメジャーなものです。高村光太郎の『手』のブロンズ像は、自身の手そのものが作品になり、己の内面を表現しています。岡本太郎も積極的に手というものを作品に取り入れています。『手の椅子』などは、座ると自分が小人にでもなったような気分が味わえる面白い作品です。

文学の分野では、あまり手を描写することはないかもしれません。大衆小説などでは登場人物の顔の特徴は描かれていても、手まではなかなか筆が回らないのでしょう。横溝正史の『本陣殺人事件』では、3本指の男がキーワードになっていますが、人間の手の説明ではなく、あくまで場を盛り上げる道具でしかありません。島田荘司の『クロアチア人の手』という短編では、手そのものがトリックになっています。

管理人が読んだ『へうげもの』というマンガの中で、豊臣秀吉が人間の観察をする際に、その人の手を見るという下りがありました。相手を判断する際に、だいたいの人はその人の目を見ます。しかし、目は真剣に騙そうと思えば騙せる、として手の方を観察します。実直な性格の人なら、日常で自分の手を動かして仕事をするので、ゴツゴツした傷のある手をしているでしょう。綺麗すぎる手は、その人が高貴な身分であることを示しているのです。これはなかなか真実なのではないでしょうか。

世の中にゴッドハンドと呼ばれる人たちがいます。医者なら手術の成功率の高い名医であり、技術者ならば精緻なものを作り出せる名工です。比喩表現ではありますが、手の精密さとあながち関連していないこともないですね。その道を極めた人は、自ら誠実に手を動かし、訓練した人たちなのです。

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手はその人の特徴を語っていると言ってもいいでしょう。ならば、すこし真面目に手の綺麗さ、皮膚のケアにこだわってみるのもいいかもしれません。最近はシニア向けの男性スキンケアも良いものが出ています。試してみるのはいかがでしょうか。

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