電子書籍の思わぬ罠

リラックス

スマホで本やマンガを読むために、電子書籍のサービスを利用しています。100冊、200冊買い込んでも、電子書籍なら場所をとらないのでとても便利です。

どこでも読めるのも素晴らしいところです。紙の本はそれはそれで良いところもありますが、持ち歩くことについては電子書籍には及ばないでしょう。

所有権が曖昧でちょっと怖い

電子書籍は、自分が保有しているものではあるものの、大部分はサービスプロバイダのサーバにあるものを利用しているということになります。もし、そのサーバに不具合があり自分のアカウントが消えてしまったら、膨大な量の本は閲覧できなくなるかもしれません。そこにつぎ込んできた金額が一瞬で消えてしまうといった恐れもあるわけですね。

そうしたことを前提に使うことは当然なのかもしれませんが、ちょっとづつ買い足していっているうちに、結構な金額を使っていることが分かっています。もしこれが消えてしまったらなかなかつらいことになるでしょう。オンラインゲームで課金している人が、サービスが無くなってしまったときのことを笑ってられません。

個人として保有したいなら紙の本を買うか、ダウンロードしてすべて持っておく必要があるのでしょう。もっとも、機種変更などを行ったり、改訂があったりすると再度ダウンロードする必要があるので、結構曖昧な感じで利用しているのです。これはなにも電子書籍に限ったことではなく、信用取引でなりたっている電子マネーにだって言えることですから、ブロックチェーンなどの台帳管理システムが大事になってくるのです。

電子書籍は中抜きしているか

最近思ったことですが、電子書籍のマンガってページ数が少ない割に高額だったりします。普通の紙のコミックだと200ページ前後で500~600円くらいでしょう。電子書籍の場合、130ページ程度でも700円近くすることがあります。紙だったらページ数が少ないことはバレバレですけど、電子書籍の場合、注意して見ないページ数までわかりません。これは盲点でした。

コミックに限ったことではなく、いまの世の中、中身を少なくして値段は据え置きにして販売しているものが増えています。お菓子などの食品も、その傾向が顕著です。量を少し減らしても、なんとかコラボとかでちょっとだけ工夫を加えたりしてなんとか価格を下落させないようにしているようにも思えます。本来は、コラボなどのPRは売上を伸ばすために行うものですが、いまでは単価を下げないための工夫になってしまっているのかもしれません。

食品とかの物理的なものの場合は見ればわかりますから、メーカーも必死になります。しかし、電子書籍のページ数が少ないのは、なんとなく納得がいきません。コンテンツは数よりも質で選ばれるのは解っているのですが、ページ数が少ないのはあきらかに買い手を誤魔化しているように思えるのです。まあ、いちど見限られてしまえばその後全く売れなくなるくらい、コンテンツの世界は競争が厳しいので、そのような誤魔化しメディアは消えていくものなのでしょう。

電子メディアは後世に残るのか

電子書籍や電子データとは、後世には遺産として残るものなのでしょうかね?サイトの魚拓を残している人もいると思いますが、昔のサイトなどはすでに陰も形も残っていないのではないでしょうか。WEBデザイナーやコンテンツライターが汗水たらして徹夜して、身を削りながら作成したサイトも、数年で跡形もないというのは、やはり無常の世界のような気がします。

個人保有の書籍というのは、その人の遺産のみならず、世界人類の遺産でもあります。たまたま本を一定期間、保有していただけという考え方もあるでしょう。死海文書のように、ある宗教団体の内部的な文書だったものが、何千年後かに発見されて当時の人の考えをつたえ、いままでの定説を覆すような発見を起こすこともあります。

電子書籍、電子データにはそのようなことは可能なのでしょうか?あっという間に消えていくはかないものに、一生かけて取り組むというのはかなり精神力が必要になるでしょう(もしくは、鈍感でないとやってられない)。なんらかなの形でアーカイブされているものは、不滅なのかそれともいつか寿命が尽きるのか、インターネットが一般化されてまだ数十年の短い期間では分からないのかもしれません。


いつも読んでいただいてありがとうございます。クリックしていただければ励みになります。いつも皆さまがリラックスしていられるように。

コメント

タイトルとURLをコピーしました