ひまわりを見に行ったら結構怖いところだった思い出

リラックス

9月1日は防災の日です。今から約100年前の、1923年9月1日に関東大震災が発生したことにちなみます。関東大震災は、東日本大震災以前において最大の震災でした。地震の規模は震度6で、大正の東京市は木造建築がほとんどでしたから、倒壊による被害、その後に発生した大火災など、大規模な被害を引き起こします。

ジブリ映画『風立ちぬ』の中でも、関東大震災の被災のシーンは怖いイメージがあります。海の地割れが広がり、人間が住む街に一気に押し寄せてくるというところですね。わざと恐ろしく描いているのだと思いますが、人智を超えた自然の脅威には無力だなと考えてしまいますね。

ひまわりを見に墨田区へ

以前のことですが、ひまわりが沢山咲いている風景に憧れたことがあります。後期印象派的な、ひまわり畑の中を歩いてみたいと思ったわけです。栃木県の小山市には、ひまわりを沢山植えた観光地がありました。行ってみると確かに沢山ひまわりが咲いているのですが、観光地ですから、長くひまわりが続けられるように場所場所で時期を変えて咲くようにしてありました。全部がいっぺんに咲いたら、すぐに枯れてしまい、観光地としては時期が短すぎるというわけです。

そういう商売的な部分が少し不満におもったので、いろいろネットでひまわりの咲き誇る場所を探していると、墨田区の横網町公園というところがひまわりが沢山咲いていることが書かれていたので、東京都内だし一度行ってみようと思い気楽な気分で写真を撮りにいきました。

公園にはひまわりが沢山咲いていました。しかし、それは慰霊のための花壇だったのです。行ってから初めて解ったのですが、横網町公園には関東大震災で亡くなった方の慰霊堂があったのです。そこに供えられている花壇でした。浮かれた気分で行ってみたら、実は結構、暗い過去のある場所だった、というわけでした。

横網町公園とは

この公園の場所には、もともと陸軍被服廠がありました。大きな工場であったのです。関東大震災のとき、墨田区などの下町は大きな被害を受けました。避難民が被服廠の広い場所に、避難してきていたのです。しかし、16時ごろに発生した火災旋風により、ここに避難してきたき人は犠牲になりました。その数、38000人というから、巨大な火災現場のような悲惨なことになったのです。

その後、この場所に仮設の火葬場が創られ、また納骨堂や慰霊堂が建てられました。避難して、その場で死んだ人々は、そのままこの場所に葬られたのです。震災の恐ろしさを象徴するような場所でもあります。

そんな場所に、花見気分で行ったらやはり不味いなと思いますね。いくらひまわりが綺麗でも、それは死者に手向けられた花である以上、楽しんではならないような気分になりました。しかし、こうしてその時の気まずい気分を覚えているのだから、結構ショックを受けたのだと思います。

東京は死者の街

椎名誠の本によれば、東京、もともとは江戸は、死者の街でもあるそうです。各地から仕事を求めて人が集まってきます。その人達は江戸で死んでいくわけですが、墓地に使える土地がそうそう都合よくあるわけではありません。従って、死体はそのへんの河原などに放置されたり、江戸湾の埋め立てなどに使われたそうです。そのあたりを掘れば、すぐに骨が出るというわけです。

埋め立て工事にゴミやらを使うのですから、死体を使ってもいいというのは、まあ一種の死生観ですね。昔は、人は身近で死んでいきましたら、そのようなものだと思えたのではないでしょうか。ゲゲゲの鬼太郎を描いた水木しげるも、南方の島で自分以外の部隊が全員戦死するというような恐ろし目に遭っており、一生、その戦友たちの顔が忘れられなかったそうです。戦時中に生きていた人は、多かれ少なかれ、同じような死生観を持っているのだとおもいます。

2020年のコロナ禍においても、身近な人がバタバタと死んでいけば、そのような死生観を持つ世代が生まれるかもしれません。すこしずつ、被害がマイルドになっていき、人間と共存するようなウィルスになりつつあると思われますので、コロナでは、人生観を変えるまでの体験は生まないかもしれません。


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