禅寺内のポストは功徳による

働き方

2020年はコロナ禍でいろいろな問題が浮き彫りになった年でもありました。自粛休業やテレワーク、ニューノーマルなどの言葉も生まれましたが、その中でエッセンシャルワーカーという業種が注目されました。社会にとって必要不可欠な労働力のことを指します。

もともと、ホワイトカラーのなかでは、エッセンシャルワーカーと目される職業はさほど多くありません。テレワークが可能な仕事は、エッセンシャルワークであることは少ないのです。例えば、営業職はエッセンシャルではありませんが、保険会社、公務員などはエッセンシャルワーカーです。

禅寺でのポストと功徳

禅寺で修行する僧侶のなかで、役割が別れています。雲水と呼ばれる修行者の中で、それぞれ仕事を受け持つように組織化されています。その中で、典座というポストがあります。典座は、調理係です。毎日の食事を作り、修行者に提供する役割を担っています。調理係は、人間に欠かせない食事というものを引き受けるということで、禅寺内のポストは高いのです。

実社会においては、調理係というポストはさほど評価されていないのです。学校で給食のおばちゃん、給食のおっさんは、さして子供の尊敬を受けるような位置になく、ほぼ完全な裏方仕事であるがために給与などもさほど高くないのです。

しかし、禅寺の基準で言えば生きていくために欠かせない食事を提供する典座は功徳を積む機会が多いために、ベテランの修行者しかなることができない重要なポストになっています。実社会とは考え方がすこし違っているのは、実労働に見合った尊敬を得るということなのでしょう。他にも事務方である都寺と維那、監寺と呼ばれる修行者の世話係、副寺は財務経理担当、、作務を掌握する直歳などの役割があります。

エッセンシャルワーカーを見直す動き

禅寺のように、本来、切り離されたなかでの社会の役割というのは、ほぼ、エッセンシャルワーカーであり、その労働がどれくらい人の役に立つのかが基準となっています。これが本来の原始的な社会においての基準なのではないでしょうか。

会社に置き換えてみると、管理部門である総務や人事というのはエッセンシャルワーカーに入りそうです。営業、企画などの花形部門は利益をえるためには不可欠ですが、実際に生きていく上では必要のない部門といえるかもしれません。

ホワイトカラーで、不可欠な仕事をしているという割合は、案外少ないのではないでしょうか。全く意味のない仕事、仕事を生むための仕事をしている人なども、たまに居たりします。そのような存在は、ある意味では会社という組織には必要なのかもしれませんが、「ブルシットジョブ」と呼ばれたりする場合もあるのです。書類を受け付けて、チェックして戻すだけの仕事や、誰も必要としない議事録のテープ起こしなどの仕事は、不要ならなくすべきなのでしょう。

AI時代に食える職業

AIという言葉にはもう驚きも輝きも少なくなってきましたが、ちょっと前まではAIが人間の仕事の多くを奪うという考え方もありました。例えば、自動運転などが実用化されると、タクシーやトラックの運転手は仕事を奪われるかもしれないわけです。

敵対するものとしてAIを警戒する人が就いている仕事は、本来、置き換えが可能な仕事なのかもしれません。財務経理どころか、営業や管理部門の仕事もすべてアウトソーシングすることが可能なわけです。自分が関わっている仕事がどれくらい価値があるのか。その価値というのは、単に利益を生むだけなのか、それとも人々の生活に不可欠なものなのか、というように深堀りしていく必要があります。

理想は、AIケンタウロスと呼ばれるような仕事でしょう。AIを道具として使いこなし、更に価値を生み出す人のことです。そこまで行かなくても、例えば、共同ロボットのような、AIと一緒に仕事をするという生き方もあります。人間が得意な部分と、AIやロボットが得意な分野を互いに補おうとする動きです。このようなものがエッセンシャルワークに入り込んでいけば、仕事に対する価値感が変わるかもしれません。AIが功徳を積む尊いシステムとして、重んじられる世界が来るのですね。


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