今年も月見バーガーの季節になった、ということ

メンタル

2020年9月2日から、マクドナルドで月見バーガーを食べられるようになりました。月見バーガーに特に思い入れはありません。しかし、昨年、この時期にうつ症状が悪化していて、そのときに月見バーガーを食べたなぁと、ふと思い出したのです。

若い時と違って、一年がものすごく短く感じます。一日の長さはそれほど長短の差を感じないのですが、一週間、一ヶ月、一年があっという間に過ぎ去っていくような錯覚を覚えます。子供の時間と大人の時間は違うということはよく聞きます。理屈は分かるのですが、自分自身のことになると、狐に化かされたような気持ちになります。

昨年の夏は何をしていたのかを思い出す

うつ症状がひどかったとき、何もできませんでした。仕事も休んで、冷房の効いた図書館で本を漁ったり、ノートを録ったりしていたような気がします。あまり明確に思い出せないのは、特に思い入れもなく、陰鬱で最低の気分だったからでしょう。人間は都合の悪いことは忘れるようになっているのです。そういうことを明瞭に記憶しているとストレスが溜まってしまいます。自己防衛機能です。

それでも思うことは、昨年の夏はまだコロナがなかっただけマシだったということでしょう。今は、図書館に長居することもあまりできなくなっています。本当に行く場所が無くなってしまったら、家でじっとしていることになり、かなり悪化が長引いていたのではないかと思います。逃げる場所というのは、いつでも準備しておきたいものです。いつ、どんなときにどん底に落ちるか分からないですからね。

今年の夏も結構、精神的には弱っていますが、それでも昨年に比べれば、と自分を省みることができます。昨年の自分は、それができなかったですね。本格的にうつ症状に陥ったのは初めてだったのもあるので、ボトムラインが分からなかったのです。それこそ、底なし沼に落ちているような気分でした。そんな夢も見ましたし、息苦しかったですね。それを体験してよかったと今では思えるようになりました。

季節を見ていた

苦々しい気分の中で、一つ慰めになったのは、やはり季節、自然の移り変わりだったかもしれません。夏が終わり、秋分の日がやってきて日が短くなる。影が長くなり、どんぐりが公園にたくさん落ちている。秋の花が咲き、雲の表情が少しやさしくなる。そのようなことを眺めていたような気がします。

忙しいときは季節の移り変わりはスーパーの特設売り場くらいでしか分かりません。スイカを売り始めれば夏だと思うし、墓に供えるような花が並べば彼岸か、というような感じです。それでは味気ないのだとは分かっていても、職場と家を往復するような日常を送っていればそれしか目に入らないのです。

いなくなったものというのも、後から気がつくと移り変わりなのだと分かります。9月に入ると、アレほどうるさかったセミの声が聞こえなくなり、夜にはコオロギの鳴き声が聞こえます。トンボもいつのまにかいなくなって、燕の巣もすっかり空っぽです。居なくなるというのは寂しくも、なにかしらのシグナルなのです。

月見バーガーは美味しい

とは言っても、季節はまた同じように巡ってきます。明けない夜がないように、また月見バーガーの季節が来たのです。

早速食べてみました。こんな味だったのかな、と思います。調子の悪かった昨年のことは、味までも曖昧になっているようです。しかし、レシピはさほど変わらないはずだからきっと今年も安定の美味しさなのでしょう。ベーコンのスモーキーな感じとソースが美味しさの秘密かな。

包み紙には昨年と同じようにポエミーな語句が。「月を見る、心が上を向く」と書かれていますね。確かに下を向いていては気分が上がりません。なんとなく元気がないときこそ見上げないと行けないですね。上を向いて歩こうよ、と思わず鼻歌を唄いたくなります。


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