リラックスを考えてみよう

リラックス

このブログを続けてきて、約1年が経ちました。本来の目的である、「リラックスして生きる」ということをテーマとしてきたつもりですが、本来の目的からぶれてしまい、単なる雑記になってしまったなという反省があります。

そもそも拙い文章で、誰かに読まれているかも不安に思うような内容なのですが、ここは一度、リセットのつもりで、改めてリラックスについて考えてみようと思います。

リラックスしている時の心

リラックスしている時、人間は心地よさを得ることができます。ある程度の緊張感は、パフォーマンスの向上を見込めることもありますが、どちらかというと一時的なことです。本来の力を発揮するには、余計な力を抜いて、自然体であることのほうがコスパが良いと思われます

プレッシャーを感じるとき、人間はストレスを抱えているのです。ストレスがすべて悪ということはありませんが、ストレスを感じないで集中できている状態こそ、心身ともによい状態なのだと思います。

ストレスは主に義務感から発生するでしょう。本当はやりたくないけど、仕事だからとか、約束だから、という状況です。自分を無理にそちらに向け、壁に体当たりしていくようなものであり、そこには何かしらのギャップが生まれないわけがありません。

逆に、あまりに軽い気持ちの場合、ダメ元で、や、お試しで、みたいなプレッシャーがかからないものはストレスを生じませんが、あまり成果も見込めないでしょう。本来の自然体で物事に向かうには、やはりその状況を楽しむ心が必要なのだと思います。これなら、ストレスを感じないし、できるだけやってやろう、楽しんでみようという意欲が湧いてきます。

何もしないことがリラックスできているとは限らない

仕事や義務から解放されるのは、何もしないに限るという考えもあります。ある意味、これも一つの方法ではあり、間違ってはいません。しかし、何もしないというのは案外、ストレスの溜まるものです。現代人は、常に何かしら脳が刺激を求めていて、情報中毒のようなものです。それを一時に切り離すことは、やはり無理が生じます。やるならば、徐々に毒を抜いていくデトックスの期間が必要なのです。

神経には交感神経と副交換神経があります。日中に活発に動いている時、外部からの刺激を受けて交感神経が反応しています。夜に眠っているときや、完全にチルアウトしてぼーっとしているときなどは、副交感神経のほうが優勢です。後者がいわばリラックスしている状態に近いのでしょう。

もっとも、眠い時や意欲を失っているときなどには、パフォーマンスを求めるのは無理があります。集中力に欠けるので、勉強などの功利的な物事に没頭していくのには、さすがに難しいのです。何もしないということは、一日のリセットの時間に使うといいと思います。瞑想するや軽い読書をする、音楽を聴くなど、神経を休めることに費やす時間に当てると良いのです。

好きなことを罪悪感なしでする

リラックスをしたと思えるときは、好きなことをしたときでしょう。運動が趣味な人は、その運動をするとリラックスできます。ゲームでも買い物でも、なんでもいいから好きなことをする。これが最もリラックスできるときなのではないかと考えます。

快楽を追求することは気分が良いです。しかし、そこに何かしらの義務感や罪悪感があると、完全にはリラックスできないでしょう。コンピュータのことが好きだから、どうせなら資格の勉強として活かそうとか、ショッピングが大好きなので、生活費のことも考慮せずに欲しい物を買ってしまう、のようなことは、完全にはリラックスできませんね。後々、苦痛になることや困ることがあるのならば、それは避けたほうが無難だと思います。強烈な快楽は一時的なブーストであり、長いあいだ楽しむ趣味にはなりえないのです。

散歩をして風景や季節を楽しむことや、日記を書いて心を静めることなど、身の丈にあったリラックス方法が良いでしょう。楽器を弾けるようになると決意するのは目標でありリラックスではないけども、素人であっても、暇なときに楽器を弾いて楽しむようなことはリラックスだと思います。上達しようとするとプレッシャーになる、かと言って何もしないのはかえってストレスになる。ほどほどのところで満足できる点を見出すことが現代にあったリラックスと言えるのではないでしょうか。


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